第一番=体育館裏=
苦情は受け付けません。
体育館裏は嫌いじゃない。こんな容姿のせいで、中学生の時は何度かこういうとこに呼び出されたこともあったけど。 木で出来た日陰に覆われた体育館裏は、涼しい上に静かだから、むしろ好きな方だ。
だが、こういうシチュエーションは何度もこういう所を訪れていた私でも、初めて体験するものだったりする・・・。
「あ・・・あの、おっ、オレっ・・・」
目の前で顔を赤くしながら立ちすくむ一人の男子生徒・・・。確か、みゆき達が一昨日の帰りに話していたサッカー部の部長・・・深山だ。
「オレっ、お前のことが・・・その・・・」
この様子からすると、みゆき達が話していた事はまんざら嘘ではないらしい。こんな、顔ブス、性格ブス、ビン底メガネにパッツン女の私の、一体何処を好きになったんだろう。
・・・・・くだらない・・・。
「お前のことが、好きなんだっ!」
だから何なんだろう?ああ、そういえば、もうすぐ昼休みも終わってしまう・・・。そろそろ教室に戻らないと。確か次の授業は現国・・・小テストもあったはずだ。この授業は何が何でもサボれない。
「・・・・・そうですか、それはどうも。じゃぁ、私はこれで・・・」
「!おっおい!待てよ!」
ガシッと、思い切り腕を捕まれる。
「?何か?」
「何かって・・・オレはまだ、返事も何も聞いてない・・・」
返事?返事って・・・何?というか、この人何か私が答えなきゃいけないようなこと、いってたっけ?
「何?」
「へ?」
思ったことが、そのまま口から出ていたらしい。
「今、返事が出しずらいなら、い、いつでもいい・・・・オレは、ずっとお前のこと待ってる。」
こんな勝手なヤツが、そこそこ女子から人気なんだって言うから驚きだ。
だが、かといって下手に断れば周りの人間に何を言われるか分かったもんじゃない。最悪の時は、いじめにだってあうかも・・・それだけは避けないと・・・でも、こういう場合、私は一体どうすればいいんだろう、初めて体験するだけに、なんと言葉を返していいのか全くわからない・・・。
「一週間後・・・・」
「へ?」
「一週間後、この場所で、また、昼休みに・・・」
「!あっ、ああ!」
「じゃぁ、私はこれで・・・」
頭に浮かんだ一番マシな答え。これが、彼を傷つけず、私も傷つかない、最良の方法だと思った。
彼女は歩き出す・・・だが、深山の視角差し掛かったところで、彼女は何かを思い出したかの様に、教室に向かう足を止めた。
「・・・いつから聞いてらしたんですか、先生」
校舎の影から出てきたのは、ポニーテールの髪型に、メガネを掛け、スーツを着た一人の男性教師。
「そういうお前こそ、いつから俺がいるのに気づいてた?」
「最初からです」
「最初から?」
「『あ・・・あの、おっ、オレっ・・・』、あたりからです」
「そらぁ、最初からだな・・・」
「・・・」
よりによってこいつに聞かれるなんて、今日はついてない。
こいつ・・・芥川竜矢・・・。 さっきの深山同様、ミーハ−女子高生にはたまらない、若干二十代のさわやか美形化学教師・・・校内新聞にこんな見出しで記事が載せられていた記憶がある・・・。まるで女性週刊誌みたいだな、と思ったのはここだけの話。実際、『さわやか』なんて言葉は、全くこの人には当てはまらないのであるが、彼の場合、簡単に言ってしまうと私と同じ猫被りなので、他の生徒達から見れば、文字通り、『さわやか美形化学教師』なのである。 私自身別に彼が嫌いなわけではない。むしろ、みゆき達よりも信用できるし、仲も良い方だと思う。ただなんとなく、こいつには聞かれて欲しくなかった。
「しっかしお前、結構残酷なんだな」
「?何がですか?」
告白してくる女子を片っ端からフリまくってるあんたには言われたくない・・・。
「どうせお前、アイツと付き合ってやる気ねぇんだろ、だったらさっき、断っちまえば善かったじゃねぇか。アイツはこれから丸一週間、お前の、『付き合う気はありません』って返事を、いい返事が来るだろうと勘違いしてバカみたいに待ち続けるんだぜ?」
「・・・・・・あの」
「?何だ?」
「付き合う・・・って・・・何で?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いや、お前さ・・・」
「何ですか?」
「アイツに『返事をくれ』って、そう言われたんだろ?」
「はい」
「それで、お前は、『返事は一週間後にくれてやる』、と言った訳だ・・・」
「そうですけど・・・それが何か・・・・?」
わけが解らない・・・。
「・・・お前、まさか何の返事をするのか解らないまま、『返事は一週間後』なんて言っちまったのか・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・っぷ、あっはっはっは。お前、前々からどっか抜けてると思ってたけど、ここまでとは・・・流石の猫っ被り竜矢先生でも、笑いを堪えきれないよっ!」
「・・・・・・」
・・・・・ますますわけが解らない・・・・・・。
「・・・なんだよ、その目は・・・・・・。」
「・・・」
「わかった、わかった!アイツが何を言いたかったのか、ちゃんと教えてやるから・・・そういう顔で睨むな!怖いから!」
「別に睨んでません。元々こういう顔なだけです」
「そこは捻くれるところじゃね・・・」
キーンコーンカーンコーン
「あ・・・・・・」
「つーことで、このことはまた今度・・・わーった!わーかった!今日の放課後化学準備室来い!そんとき話してやるから!そんな怖い目で睨むなよ!」
「・・・わかりました・・・・・・」
「じゃぁな、速く教室戻れよ?成績、下がっちまうぞ!」
「その点は心配要りません。テスト順位は毎回一位なので・・・」
「・・・そういやそうだったな、お前は・・・」
「先生こそ・・・・・・」
「?」
「今日の放課後、逃げないで下さいよ・・・」
「へーへー、精々、お前に怖い目で睨まれない様、原稿用紙に喋る事メモっとくよ」
「・・・・・・」
「じゃぁな」
「・・・・・・」
・・・・・テストには、まだ間に合うか・・・・・それにしても・・・一体何だったんだろう・・・。
ゆったりとした足取りで、彼女は自分の教室へと足を進めていった。
体育館はあまり好きじゃないですが、体育館裏は好きです。(笑)