第5話
グングニルを使用したアリスは、中立ポイントに到着しあたりの確認と並列でリンクをオペレーターより回復する。
「こちらB-S、現在中立ポイントへ到着、リンクを最新へ更新してください」
「B-O、了解。敵G前方7Kmにて停止。これならB-Gが先に合流します」
「B-Eは?いくら流でも連続戦闘時間は6分…もうとっくにオーバー…」
「依然、敵Eと交戦中。装備ダメージ率46%のためリペアを要求したいのですが…」
「あの馬鹿…また、いつもの癖が出たのか」
「B-Eに再度下がるように申請をお願いしますわ。おそらく、向こうも本気で来るはずですから」
緊張が走り、体が硬直するのがわかる。ランクが離れたとしてもTV中継で嫌でも見せられた化け物たちの戦いぶりを…そして、それを受けるのは自分達だということを。そんな時だった。
「戦う前からそんな弱腰でどうすんだ! 前にはこっちが勝ったんだ。そんな相手にビビッてどうするんだよ?」
「流! ? 聞いてたのか?」
「聞いてたなら分かってらっしゃいますわね? さっさと装備をリペアしないと、ボクシングで戦う羽目になりますわよ?」
「あぁ、分かってる。B-O! カタールの損傷が激しい。リペア重視で!」
「あんたが最初の申請断った時点でできてるよ! さっさと帰還なさい」
「了解」
今のやり取りで、緊張ほぐれ相手を正面から…化け物から普通の対戦相手としてみることができる。
「あははっ、流にいいところ持って行かれちゃったね? それで、トキはどうしたいの?」
「決まっている、今はアリス姫の護衛だよ。 聞き訳の無い飼い犬が飼い主のところに戻るまでは、死守するさ」
そういい終わると同時に両チームのガードナーとシューターが合流し第2幕となる。
「さぁ、本当の戦い方を教えてあげるわ。G=S 展開 F・A!」
「イエス!」
アールがランドスピナーを展開し、その周辺をイネスがガトリングを放つ。
「粉塵で目隠しなんてずいぶんと古典的じゃない? ほんとに最新鋭のG-6の機体つかってるのか?」
トキがぼやきながらも、シールドの高速回転を開始し姿勢を伏せるような構えをとる。もし、銃弾が着弾したとしても伏せていれば当たる場所が制限されるからである。
「B-S、これから視界をさえぎられたため、牽制を開始しますわ」
アリスが広域レーダーにより弾きだされた軌道に矢を放つ。
「そんなところにいないよ! つぶれろ!」
その瞬間後方にいたはずのイネスが、アリスの後方でライフルを構えていた。
「アリス!」
その瞬間、アリスの機体にイネスの銃弾がヒットし、数十m吹き飛ばされた。その瞬間をトキは見た。その瞬間、トキの中で思考が停止する。
「そ…んっな…アリス…」
その隙を突き、アールがトキに仕掛ける。
「所詮、私たちの敵ではないのよっ!っ、え?」
アールの頭では、トキの機体を地面にたたきつけているビジョンが映っているはずなのだが、現実にはアール自身が地面を眺めているのだった。そんな状況でも物事は止まってくれず、流れてきた通信によりさらなる混乱を誘う。
「なんなんだよ! くるなぁ!」
その通信を聞き終えるとともにアールの目前に大きな塊が飛んでる。
「これって…シューターの左腕?イネスか! 一体何がどうなった?」
「S・G! 損傷にアラートがかかった至急そこを離れろ! 報告は後だ!」
だが、イネスの機体にはトキの機体により足蹴にされ離脱できないでいた。
「貴様ら…ここから帰れると思うなよ? !」
その刹那、アールはなぜ自分が地面に倒れているかを目の当たりにした。アイギスには、両腕に装着されていた盾がある。それを高速回転させることによりチェーンソーと化している。それを利用し相手の機体を切り刻む、その体裁き・移動速度はエッジに匹敵するほどである。だが、なぜアールは味方であるイネスがやられているのにこんなに冷静に状況を把握しているのか疑問であろうが、冷静に状況を判断しなければ、目の前の恐怖で押しつぶされると思ったからだ。イネスが搭乗しているコア部分を残し装甲を大破させ、アイギスがゆっくりとアールに目線を向ける。
「次はあなただ…。逃げないでくれると助かります」
「っ! B、イネスを回収してください、自力での移動は不可能と判断します」
自分の危険を感じながらも、冷静に判断を下しランドスピナーを展開したはずのアールだったが、その判断する時間さえも惜しむべきだったのだ。
「逃げるなって言っただろ? アリスの痛みを味わえ…」
ブリュンヒルデシリーズにかかれば接近した敵の背後に一瞬で回ることなど難しくなかった。まして、同じガードナーの機体としてもブリュンヒルデシリーズに搭載されている物の差が大きいのだ。
「まずは、足からだ。もうここから動かないように…」
トキが脚部のジョイント部分に狙いを定めて腕を振りぬこうとした瞬間。
「……悪いがそうはいかない」
一筋の何かが通過し、突風が吹き荒れる。だが現れたのは突風だけではなかったのだ。
「やってくれたものだな? 二人とも、ここは私が預かる。 リペアへいそげ!」
「頼みます、B! 今のとおりだ、私は自走可能のためそちらへ向かう」
突如現れたレオンにトキは、冷徹に言い伏せる。
「グングニル…アリスの武器を使ってここまで来たのか…レオン…そこをどいてくれないか? 用事があるのはそちらの二人だ。後はどうでもいい」
「同感だな。私にとってもお前達に興味などない。味方が倒れたからといって、チームの勝利のために捨てることもあるのだ」
「あなたの事、少しは尊敬していたのだが…」
「それは残念だ」
「ちょっとまったぁぁぁ~」
間の抜けた声とともに無数の矢が、トキとレオンの間を通過する、そんなことを気にも触れず、その矢が放たれた方向に目を向ける。
「アリス!」
「トキは心配しすぎなのよ。これくらいの損傷くらいで~。 さぁ、ナイト様 ? これからも戦闘継続するよ? 」
アリスの姿にトキの緊張が解け、それを見届けるようにアイギスの各所から大量の蒸気が発生する。
「なんだ! ? アイギスが動かない? !」
「そういえば、トキってブラックボックス信じてなかったんだっけ? 私も、使用するだけでここまでのダメージがかかるなんて思っても見ませんでしたわ」
ブラックボックスもブリュンヒルデシリーズが使われなくなった理由としてサイトに掲載してあったがマニアの都市伝説としてでありトキは気にもしていなかったのだが。
「搭載されているが自由に使えない」「はずすことができない」「発動すると呪われる」などなど…だがその中でも目を引くものがあった「発動すれば勝利以外ありえない」というものだった。トキが怒りと絶望のため見逃していた情報を、アイギスのコンソールより改めて確認する。
「ベルスファーン…。ランドスピナーに盾の回転エネルギーを上乗せし、数倍の速度で動けるか…。まさか、わが身でそんなオカルトを体験してしまうとはね」
やり取りをしている間、レオンは微動だにしなかった。そう、先ほどの言葉通り目の前のアリスとトキには一切興味が無かったのだ。
「まさしく王者の風格ってやつですわね? アイギスを一旦下がらせてください。もうグングニルは手元に無いので送ってはあげられませんがB-Gのランドスピナーなら…」
最後まで言い終えず、アリスは弓から手持ちのニードルガンへ即座に入れ替えレオンに向けて発射する。電磁レールによってもはや目視不可能までに加速された針が敵を捕らえたかに見えた。
「ぬるいな」
ゆっくりと右脚部を前に出し、居合いの構えで両手に小太刀を構える。膨大な針と小太刀の演舞。ひとしきりの舞を披露し終わったときには、敗者と勝者が決まっていた。一本たりとも機体に到達しておらずあまつさえ捌き切った小太刀にも傷一つ付いていなかったのだ。
「ほんとに、あなた人間ですの? 一度、遺伝子をお調べになったほうがよろしくて?」
「あいにく、承知している。そちらのエッジも私と同等だからな」
「流とあなたを同じにしないでくださいな!」
「B-S! 命令です! 可能な限り逃げなさい! あなたのバイタルが異常値に達しています!」
二人の会話に割り込んできたレイだったが、アリスももはや後には引けない状況であるのだ。
「セイレーン…もしかしたらこれでお別れかも? でも! 最後の最後まで戦いたいよね!」
「決心がついた…というところか。だが、私に届くのか?」
そういわれ、アリスはにっこりと笑顔をうかべ。
「それこそ、神のみぞ知る…ですわ!」
そういい終えるとニードルガンを投げ捨て再び弓を構える。それに反応し脚部の矢を装填していた場所から、新たな2本の矢がセイレーンの弓にセットされた。操縦者全員にその装備の情報がリンクされる。これこそセイレーンに搭載されたブラックボックスである。だがその情報を確認した瞬間、メンバーすべてが危険と判断する。
「アリス! 撃っちゃいけない! この状況では危険過ぎる!」
リペアに向かっていたトキが、アイギスを反転させる。急な動きにアイギス・トキの四肢がきしみながらもセイレーンに向かい引き返す。そうしている間にも2本の矢が、電磁レールにより加速の体勢に入っているが、確かにアリスにも迷いがある。この2本の矢にはシルフ・サラマンダーという2本一対の名があり、シルフにより対象者周辺の空気を分解し酸素と水素を形成する。そして、サラマンダーで焼き尽くすというものであり、もはや水素兵器と呼べる代物であるのだ。いくらG-6の最新機体といえど破壊しつくし、中の操縦者は一瞬でミイラとなってしまうだろう。それほどの火力を放っていいものなのか? しかし、相手は怪物であり別次元の相手だ…これでも倒しきれる保証は無い。意をかためレオンに照準を合わせ放とうとしたとき。
「馬鹿やってんじゃないぞ、アリス!」
「えっ?」
振り向くと、消費したはずのグングニルがレオンに向かって進んでいた。
「やっとか、馬車を送った甲斐があったということか…」
そういいながらも小太刀でグングニルを地面に叩き落す。そして、周辺のざわめきとともに女神が再び降臨する。
「アリス! これは遊びだぞ? そんな物騒なのしまえ!」
その言葉によりアリスも構えていた弓を下ろす。それに伴いシルフ・サラマンダーの光が失われていく。
「飼い犬にさとされるなんて、しつけがなってないんだから…」
「おまえなぁ…もう少し気を利かせろよ?」
「茶番は終わったか? さぁ、楽しませろ!」
レオンは即座に両腕の小太刀を収納し背のクレイモアへと兵装を入れ替える。まさしく先ほどとは異質の獅子の形相で流に切りかかる。
「二人も全力を出したんだ、私が出し惜しみしてちゃだめだな?」
ヴァルキュリヤの兵装をカタールから刀へ変更し、クレイモアを受け流す。パーソナルカラーのレッドラインを描くように死角から死角へ移動し切りかかるヴァルキュリヤに対し、クレイモアの重量を生かしたうち下ろし、なぎ払いを使うレオン。
「…はぁはぁ、くっ! なんて剣捌きしてやがる!」
「お前でなければ、すべてのポイントを制圧しているはずだ…。しかし、まだなんだろ? 楽しませろ!」
「流! ニードルガンの弾数が30残ってますわ! 二人でやりま…」
そう通信をしていると先ほどのシルフ・サラマンダーを展開した衝撃でアイギス同様セイレーンからも蒸気が発生する。
「すまない、アリス…私にやらせてくれ。これが最後なんだ」
その姿をアリスは見ていた。いつもの強気な口調だが刀を握る手が振動し両足で体が崩れないように必死に支えている流の姿を。
「…。残念でしたわね? ご覧のとおりセイレーンはもう戦えませんの。リペアに戻りますから勝手にやってくださいませ」
「相変わらずのツンデレぶりだな、そんなんだと恋人できねぇぜ!」
「あなたが言わないでくださいませ! B-O、セイレーンのリペアをお願いしますわ」
「B-O、了解。B-Sは第3ポットを使用してください」
「了解しました。流…たのみましたわ」
セイレーンの進行コースを表示しリペアに向かう。本来このアスレチックという競技では、大破やリタイアが無い限り1対1の構図がなり立つなどほぼ無い。 戦略的に有利な2対1が基本であり、1機のリペアを2機でカバーするのが普通である。そう、両チームの2機がリペアし1対1などおかしいのだ。
「どうした? そんな、スピードばかり重視したなまくらでは私の機体には傷など付かないぞ!」
「っぐ! 分かってるよ! 嫌味は女にきらわれっ…ぜ!」
実際、クレイモアと刀では約4倍の威力差がある。G-1とは、「加工しやすく、柔軟である」をコンセプトにした合金であり、刀でも十分ダメージを与えられたのだが現在のG-6は「曲がらず、硬質である」がコンセプトであり重量級の装備が主流となった。中世の甲冑を着た騎士と日本刀の侍の戦いが一番説明しやすいであろう。
「B-E、こちらB-O。現在よりアイギス・セイレーンのリペアを開始します。ただ、人口筋肉のオイルが蒸発していたため+360かかります。だか…」
「こんなやつ、1日でも足止めできる! だから頼んだ!」
レイにしても流にしても余裕があるわけではない、まして、目の前の一切表情を見せず疲れを一切見せないレオンを相手にしている流に余裕なんてあるわけなかったのだ。