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虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい  作者: 隙間ちほ
おまけ

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5/5

その後の二人


 かくして、誤解は解けた。そして別の問題が起きた。

 互いに好き合っているのだと知ってから、マテウスはそりゃもうエルナ姫を下にも置かぬ扱い、まさに溺愛というに相応しい様相であった。

 当然ながら、エルナがこれに耐えられるわけがなかった。

 

「しんでしまいますわ!!!!!」

 

 今日も一人、エルナは自室のベッドに転がったまま手足をバタバタさせていた。

 少しの段差で手を取られるは当然、なにもなくとも手を引かれ腰を抱かれて昇天しそうになったこと数回、顔を合わせるだけで、照れたようにはにかむ顔の何と可愛らしいことか。挙式で綺麗に落としていた無精髭は、すでに元に戻っていた。けれども一度その下の若者らしい表情を知ってしまうと、見え方もずいぶん変わってしまった。

 

「閣下……あぁ、マテウスさま……わたくし心臓が持ちませんわ……」

 

 枕を抱きしめ、エルナはぐすん、と鼻を啜った。


 

 食事の席も、長机の端と端だったのが、いつのまにか角を挟んだ隣に座るようになった。

 緊張しながらもスープを掬っているエルナを見て、マテウスが少し渋い顔をする。

 

「……あなたのお食事は、小鳥の餌のようだ」

 

 エルナは目を見開いた。

 

(なんですのそれは?!口説き文句ですの?!?!!ここここ小鳥のよう(・・・・・)ですって!?!?!)

 

 動揺のあまり、カチャンとスプーンを鳴らしてしまった。

 

(――な、な、なんて愛らしい表現をなさるのマテウスさま!!!!)

 

 心臓が破裂しそうだ。ドクドクと耳の中で鼓動がうるさい。

 マテウスとしては、単に「足りているのか」という意味で口にしたのだが、エルナの知るところではなかった。

 食事の手が止まってしまったエルナを心配そう見ながらも、マテウスは2枚目の肉をペロリと平らげ、さらにおかわりをした。

 

 

 エルナが本好き、ひいては英雄譚が好きだという話になった時には、マテウスは初め興味がなさそうな顔をしていた。それなのに、本を読んでいる側にそっと近づかれたので、エルナは、興味を持ってもらえたのだと嬉しくなった。

 

「どのような英雄がお好みなので?」

「ふふふ、マテウスさまも、英雄のお話にご興味おありですか?」

 

 うきうきしながら、エルナは特に強そうな武神の挿絵の本を示した。まるでマテウスさまのようでしょう、と心の中で付け足したが、流石に口に出すのは恥ずかしくて、ほんの少し頬を染めて微笑んだ。

 途端に、マテウスはムッとした顔になった。

 

(本の話を誰かにするのって初めて!)

 

 舞い上がったエルナは、夢中でページを捲りながらいかに勇ましき神話か、と説明しかけて顔を上げた。その時であった。

 

 ふいに、頬に手を触れられたかと思うと、そっと口付けられた。

 

 時間が止まったような気がした。

 微かに触れ合うだけの、ささやかな口付けが、始まりと同じようにそっと離れていく。

 目元を染めたマテウスが、眉をひそめたまま視線を逸らして、小さくつぶやいた。

 

「……少し、妬けました」

「……!……!!」

 

 目を見開いたエルナは、薄く開いた唇を震わせた。次いでカーッと血が上るのが見えるほど真っ赤になった。それから数秒もしないうちに、さぁっと血の気を引かせて真っ青になった。

 硬直したエルナは、ぐらりと後ろに倒れた。

 マテウスが焦った声で医者を呼ぶ声を最後に、エルナの意識はぷつりと途絶えた。





(もう持たない!しんじゃう!次の訪いの前に死んでしまう!)

 

 エルナは今日も自室でジタバタしつつゼェハァしている。マテウスに慣れようと努力しているのに、それ以上の強烈な刺激に日々晒されているようなものだ。

 

(……あんなにも優しく甘い声で囁く閣下なんて、これまで想像したこともなかった!)

 

 エルナは、真っ赤な顔を枕に押し付けた。思い出すだけで血が上るのだ。耳元で響く低い声の、とろけるような柔らかさと言ったら!


「ずるいですわ、そんな顔を隠し持っていたなんて……」


 ずっと聴いていたい気持ちと、これ以上聞かされてはまずいという気持ちが激しくせめぎ合い、あっという間に冷静でいられなくなるのだ。


 

 

エルナが気絶した翌日から、マテウスは元のように距離を置き始めてしまった。

 ぴたりと横にいたのが、人一人分ほどの間を開けられるようになった。段差があれば手を差し伸べてはくれるが、以前のように腰を抱かれることがない。

 ほんの一瞬、近づくことはあっても、すぐにマテウスは一歩下がってしまう。どこか困ったように、心配そうにエルナを見ている。それだけで、マテウスの行動がただ純粋な気遣いからきているのはすぐにわかった。

 しかし、である。

 

(遠い……!寂し……!)

 

 今までをまるっと棚に上げて、エルナは不満たらたらであった。近くにいられると困るが、離れられるとまたそれも困る。ままならない。こんな風になるなんて、マテウスさまのせいだわ、とエルナは頬を膨らませた。


 

 食事の時、また以前と同じように離れた場所に座られて、とうとうエルナは我慢の限界に達した。

 かたん、と椅子から立ち上がると、自分からマテウスに近づいていく。

 

「姫?どうされたのですか……?」

「……」

 

 戸惑うマテウスの真横に立ったエルナは、するり、と膝に乗ると、上目遣いでマテウスを見上げた。

 

「そんなにつれなくしないでくださいまし……」

 

 マテウスは盛大にむせた。片手で勢いよく自らの顔を覆うと、テーブルに突っ伏しそうな勢いで肘をつく。がたん、と大きな音を立てて食器が揺れた。

 

「マテウスさま?どうなさったのです?」

 

 おずおずと、エルナが俯いたマテウスの髪に触れ、撫でた。ぴくり、とマテウスは肩を揺らした。


「……心臓がもたないのでやめてください」

「まぁ、閣下も胸がお悪いのですか?」

「違います……」


 テーブルに片肘をついたまま額を抑え、項垂れていた将軍が、じろりと姫を見た。片腕を、未だ膝に乗る姫の腰に回す。

 

「姫さま、また倒れますよ」

「……平気ですわ」

 

 どきどきと脈打つ胸を無視して、エルナはそっぽを向いた。

 

「平気ではないんです、おれが」

 

 貴女が腕の中でぐったりしているのを、これ以上見たくない、とマテウスは声を掠れさせた。

 

「おれは、貴女を失いたくないんです。絶対に」

 

 エルナは俯いた。心配されているのも、それゆえにマテウスが配慮してくれているのも、わかっている。ちゃんと頭ではわかっているのだ。けれども、エルナの心は理屈なんて飛び越えて、もう止まらないところまで来ているのだ。

 落としていた視線をあげると、マテウスの真摯な目がこちらを見ている。エルナはその目を見つめ、口を開いた。

 

「だって……わたくし、もうお側に居られない方が、寂しくて、つらくなってしまいましたの」

 

 マテウスさまのせいです、とエルナは頬を膨らませた。


 マテウスは、目を伏せた。それから深く、深く、息を吐いた。腰に回った腕に、ぎゅっと力がこもる。

 

「――今夜は覚悟なさってください」

「今夜?」

 

 エルナは首を傾げた。何かあっただろうか、今夜……。

 

「……あ」

 

 訪いの宣言に他ならぬと理解して、途端にエルナは頭のてっぺんまで真っ赤になった。薄っぺらい尻の下にある逞しい腿の感触が、腰に回った二の腕の太さと力強さが、いまさらのようにエルナに追い打ちをかけた。くわん、と頭の中が揺れるような興奮と共に、鼻奥がツンと傷んだ。

 

「あっ、あぁ、ダメ……!」

 

 エルナが慌てて両手で顔を抑える。その間も手の中にポタポタと滴る感触に、エルナは涙目になった。お誘いだけでこんなにも興奮するなんて、はしたない。毎度ながら、恥ずかしすぎる体質である。

 

「エルナさま、手を」

 

 マテウスは、冷静に食卓の上のナプキンを手に取り、エルナの手をどかして鼻に当てた。きゅ、と強すぎず弱すぎない力で、鼻の一点をつまむ。

 

「鼻血の手当ては兵士相手で慣れてます。……もう、少々の血で怖気づいて、手を緩めたりしませんからね」


 真っ直ぐエルナを見つめるマテウスの視線は、酷く熱を持っていた。灼熱に焼かれるようだ、とエルナは思った。


 焼き尽くされてしまう……それでいい、そうなってしまいたい。血まみれの両手を胸の前できゅっと握る。


 エルナは、瞬きも忘れたまま、真っ赤な顔で、こくんと頷いた。

 


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