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第九話 駅馬車

 荒野の十字路で、カイトとルナの前を一台の馬車が走り過ぎて行った。


「うわー、馬が六頭も! どこかの貴族の馬車かな?」


「違う。あれは駅馬車だ。王都からどこかの町まで、旅人や荷物を運ぶ定期便だよ。アガサもあれに乗って、西部にやってきたんだ」


「そういえば先生とカイトは、どうやって知り合ったの?」


「アガサから聞いてないのか?」


「……うん。魔法についての質問以外はしちゃ駄目だって……」


 ルナが少しだけ肩を落とす。


「そうか。……俺があのババアと出会ったのはな――」


 カイトは目を細め、数年前の記憶を呼び起こした。



   ◇



 三年前。 

 場所はこの十字路よりもさらに北、岩場が続く荒涼とした街道だった。 


 カイトは崖の上で、じっと獲物を待っていた。 

 狙いは、この付近を縄張りにする鉄錆旅団。 

 駅馬車を専門に狙う、凶悪な盗賊団だ。 

 リーダーをはじめ、メンバーの数人に賞金が懸かっている。


 やがて、砂煙を上げて六頭立ての駅馬車がやってきた。 

 そのすぐ後ろに、盗賊団が迫る。


 盗賊たちが一斉に魔導銃を乱射した。 

 火を噴く銃口から放たれた魔力弾が、駅馬車の御者の胸を撃ち抜く。 

 御者は悲鳴を上げる間もなく転げ落ち、制御を失った馬たちはパニックを起こした。 

 銃弾が脚をかすめ、一頭、また一頭と崩れ落ちていく。


「……掃除の時間だ」


 カイトは引き金を引いた。


 バンッ


 放たれた青白い閃光が、馬車に群がろうとしていた盗賊の頭を正確に撃ち抜く。


 盗賊団は驚き、慌てて銃を構え直した。


「なっ、どこからだ!?」


 動揺する盗賊たちに対し、カイトは愛馬と共に崖を駆け下りながら連射した。 

 魔力弾は、まるで意志を持っているかのように正確に男たちの急所を貫く。


「なんだあいつは! 賞金稼ぎか!」


「構うな! 撃ち殺せ!」


 荒野に銃声が響き渡る。 

 カイトは縦横無人に馬を操り、次々と盗賊を撃ち抜いていく。


 飛散する魔力粒、叫び声、馬の嘶き――短いが激しい銃撃戦の末、盗賊団は全滅した。


 カイトは、ふうっとつくと駅馬車へ向かった。 


 御者は死亡。

 馬も数頭が息絶え、生き残った馬は繋ぎ具を振り切って荒野の彼方へ逃げ去っている。


 カイトは無表情に、腰のベルトに吊るした黒い小さな箱を手に取った。 

 バウンティハンターの必須アイテム――通称『棺桶』。 

 見た目は手のひらサイズの小箱だが、蓋を開けてかざすと、倒れた賞金首たちの死体が次々と吸い込まれていく。

 空間拡張の魔導具だ。


 淡々と「収穫」を済ませ、カイトがその場を立ち去ろうとしたその時。


 ギィ……と、馬車の扉が開いた。


 中から現れたのは、豪奢だが古びたドレスをまとった白髪の女。 

 アガサだった。


「……あんたが盗賊団を倒したのかい?」


「そうだ。乗客はあんただけか?」


「そうさね。他の連中は途中で降りちまったよ」


「なるほど。じゃあ、心細かっただろ。だが、もう安心だ。良い旅を」


 カイトが立ち去ろうとした瞬間――


「待ちな! あんた、あたしを置いていく気かい? 見ての通り、御者は死に、馬もいない。ここは次の町まで、歩いて三日はかかる荒野のど真ん中だ。どうやって、いい旅をしろっていうんだい?」


「俺が知るかよ……」


「いい方法がある。あんたが、あたしを目的地まで送り届けるんだ。もちろんタダでとは言わん。謝礼は弾むよ」


 アガサは、カイトの馬に向かって勝手に歩き出した。


 カイトは頭を抱えた。


「……面倒なババアに絡まれたな」


「聞こえてるよ!」


「聞こえるように言ったんだ! 目的地は?」


「オアシスの森さね。あたしの隠居先にぴったりの場所さ。――これでようやく、煩わしいことから解放されて、魔術の研究に没頭できるってもんさね」


 強がってはいるが、自ら望んでの隠遁生活ではないということが、声の調子から分かった。


 カイトはアガサを馬に乗せると、自分の外套を渡した。


「なんだい、これは?」


「着てろ。もうじき日が沈む。この辺りの夜は冷えるんだ」


「……もしかして、口説いているのかい?」


「置いてくぞ、ババア! コヨーテの餌にでもなりてえか!」



   ***



「あははっ」


 ルナは声をたてて無邪気に笑った。


「……カイトと先生って、知り合った瞬間から仲良しだったんだね!」


「どこがだよ!」


「だって、楽しそう」


「…………」

 カイトは頭を抱えた。


「それに、送ってあげたんでしょ? 先生をあの森に」


「まあな。……とにかく、それが俺とアガサの出会いだった。そして」


「?」


「別れ際に奴はこう言ったんだ。『あんたは、いつか白い少女と出会うよ。その子はお前の運命を変えることになる、いい方向にね』とな……」


「それって、わたしを助けてくれた時に言ってた――」


「そう。あれはアガサの言葉だ」


「先生、凄い! わたしとカイトの運命の出会いを予言してたなんて……」


「“運命”じゃない。“偶然“”の出会いだ。アガサの戯言が、たまたま当たっただけさ」


「むぅうううう!」


 不機嫌になるルナに苦笑しながら、カイトはボソッと呟いた。


「……どっちにしろ、そんなに悪い出会いじゃなかったがな……」


「なにか言った?」


「なんでもねえよ」


「……あのさ……今の『悪い出会いじゃなかった』って、わたしのことだよね!?」


「聞こえてるじゃねえか! 性格までアガサを真似るな!」 


 カイトとルナの賑やかなやりとりが、荒野の風に乗って溶けていく。


 ふたりを乗せて歩くホープの足取りも、どこか楽しそうに弾んでいた。

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