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第七話 荒野の温泉

 報酬の入った皮袋の重みを感じながら、カイトとルナはアイアン・ポストの門を後にした。 

 西部の荒野は、日が落ちると急激に気温が下がる。 

 ホープの背中で夜風に吹かれながら、カイトは前に座るルナを見た。 

 初めての本格的な戦闘、そして魔力の暴走に近い覚醒。 

 口には出さないが、疲労は相当なものだろう。


「ルナ、次の目的地だが……少し寄り道をするぞ」


「寄り道……?」


「ここから少し北に<ミスティ・ベイスン>という町がある。そこは珍しい天然の温泉が湧く場所だ。そこで数日、体を休める」


 温泉、という言葉にルナは首を傾げたが、カイトが自分の体調を気遣ってくれていることは分かった。


「……カイトがそう言うなら。わたし、カイトと一緒ならどこでもいい」




 数日後。 

 二人の前に現れたのは、荒野の乾燥とは無縁の、白く温かな湯煙に包まれた宿場町だった。 

 岩の間から絶え間なく湧き出る湯が川となり、町全体に硫黄の香りと柔らかな湿り気を与えている。   

 旅の疲れを癒やすには最適な場所だった。


「わあ……すごい、煙がいっぱい……」


「煙じゃなくて湯気だ。ほら、行くぞ」


 カイトは手慣れた様子で、町外れにある静かな宿を取った。 

 部屋に荷物を置いた後、さっそく食堂で夕食を摂ることにする。そこで、隣のテーブルに座っていた賑やかな一家が目に留まった。


 身なりは質素だが、荷物を大量に抱えた夫婦と、二人の幼い子供たち。


「……もう少しの辛抱だ。順調にいけば後七日程でミスリル鉱山の麓にある<サイレント・サンクチュアリ>へ着く」


 父親らしき男が、期待と不安の混じった声で妻に話しかけていた。


「ええ。あそこなら仕事もたくさんあるって聞くし、子供たちもお腹いっぱい食べさせてあげられるわね」


 どうやら、ミスリル特需に沸く辺境の地へ、一攫千金を夢見て移住する家族のようだった。 

 サラが言っていた通り、あの辺境は今、良くも悪くも人を惹きつける磁場になっているらしい。


 ふと見ると、その家族の子供たちが、ルナの珍しいプラチナ色の髪を不思議そうに見つめていた。


「おねえちゃん、髪の毛、キラキラしてる!」


「おめめも赤い! 魔法使いなの?」


 無邪気な子供たちの接近に、ルナは戸惑った。 

 エルフの郷では“忌み子”として迫害され、人間からは“商品”として狙われてきた彼女にとって、純粋な好奇心を向けられた経験はほとんどなかったのだ。


「あ……えっと……」


 助けを求めるようにカイトを見るが、彼は「好きにしろ」とばかりに肩をすくめる。 

 ルナはおずおずと、子供たちの視線に合わせて腰を落とした。


「……魔法、少しだけなら使えるよ」


 ルナがそっと手をかざすと、テーブルの上に落ちた彼女の影が、ゆらりと形を変えた。 

 影は小さなウサギの形になり、子供たちの手の周りをぴょんぴょんと跳ね回る。


「すごーい! おねえちゃん、かっこいい!」


「うさぎさんだ! まてまてー!」


 子供たちの歓声が食堂に響く。 

 ルナの顔に、柔らかな笑みが浮かんだ。 

 その様子を見ていた移住者の夫婦も、嬉しそうに微笑む。


「お嬢さん、ありがとう。旅続きで子供たちも退屈していたみたいでね。……あんたたちも、鉱山(あっち)へ行くのかい?」


 父親がカイトに問いかけた。


「……いいや。俺たちはただの風来坊だ」


「ははは、そうか。もしサイレント・サンクチュアリに来ることがあったら、声をかけてくれ。俺はデニス。あそこでパン屋を開く予定なんだ」


 デニスと名乗った男は屈託のない笑顔で言うと、子供たちを呼んだ。


「俺たちは食事を済ませて、少し休んでいたんだ。あんたたちの昼食の邪魔をしちゃ悪いから、そろそろ出立するよ」


「おねえちゃん、ばいばーい!」


「こんどは、ねこさん見せてねー!」


 手を振る子供たちに、ルナも手を振り返して応えた。




 宿の女将が浅型の鍋を両手で抱えてやってきた。


「お待ちどうさん。名物の“スチームポトフ”だよ。温泉の蒸気で半日蒸したやつさ」


 ふわりと優しい香りが鼻孔をくすぐる。 

 ぼうっと立ち上がる白い蒸気の奥に、 色鮮やかな野菜、川魚、山鳥の肉がほろりと崩れそうに並んでいた。 

 鍋の底には、食材から染み出した透明なスープが少しだけ溜まり、 薬草の香りとともに湯気を立てている。


「……きれい」 

 ルナが呟く。


「あっはっはっ、嬉しいこといってくれるねぇ。この料理は、温泉の蒸気孔に専用の鍋を置いて、 野菜・川魚・山鳥・キノコを丸ごと蒸し上げた料理さ。旅人の疲労回復に効くと評判だよ。ゆっくりしていっておくれ」


 カイトはスプーンでスープをすくい、ひと口飲む。


「体に染みるな」


 ルナも恐る恐るスプーンを口に運ぶ。 

 温泉の蒸気と染み出した野菜の水分だけで出来たスープは、 食材の旨味と薬草の香りが優しく溶け合い、 舌に触れた瞬間、疲れがとんでいくようだった。


「……あったかい。おいしい……」


「気に入ったか?」


「うん……。こんな味、初めて。なんだか……ほっとする」


 ルナは蒸された山鳥の肉を口に運ぶ。 

 舌先で触れただけで、ほろりと崩れる。  

 ルナにとって、初めての体験だった。


「……旅の楽しさって、こういうのもあるんだね」


「悪くねぇだろ」


 カイトの言葉に、ルナは笑いながら頷いた。




 ――その夜。 

 部屋のテラスで夜風に当たっていたカイトの隣に、湯浴みを終えたルナがやってきた。


 西部には共同浴場は存在しない。 

 温泉宿でも、各部屋に坪湯のような風呂が置かれているだけだ。 

 人目を気にすることなく、ゆっくりと湯に浸かれるのは、ルナにとってはありがたかった。


「昼間は、ごめんなさい……。人前で魔法を使っちゃって……」


「罪のない魔法だ。気にすんな」


「あの子たち……笑ってた。わたしの魔法を見て、怖いって言わなかった」「……そうだな」


 ルナは自分の手を見つめ、それからカイトの腕にそっと触れた。


「わたし、あの家族がちゃんと町に着けるといいなって思った」


「……行けるさ、きっと」 

 カイトは優しい声で言った。

「さあ、中に戻るぞ! せっかく温まった体が冷えちまうからな!」




 真夜中。 

 カイトは窓の外を眺めながら複雑な思いに耽っていた。 

 ベッドでは、ルナが深い眠りについている。


 あの日、ルナが無意識に放った“光と影”の力。 

 それはあまりにも強大で、制御を失えば彼女自身をも飲み込みかねない危うさを秘めていた。


「……すまねえ、ルナ。俺じゃ、その力をどうしてやればいいか分からねえんだ」


 カイトは自分の掌を見つめた。 

 魔導銃で、ルナを敵から守ることはできる。 

 だが、彼女の内側から溢れ出す“嵐”を鎮める術を、彼は持っていなかった。



   ◇



 ミスティ・ベイスンに滞在して三日目の朝、二人は町の外れにある足湯に浸かっていた。 

 ルナは子供らしく、お湯に足をパチャパチャと跳ねさせている。


 カイトはルナの頭に大きな手を置いた。

「ルナ、サンドラットを討伐した時のことを覚えているか」


「うん……わたし、変なことしちゃったよね……」


「それはお前の中にすごい力が眠ってるって証拠だ。でも今はまだ、その力がちょっとだけわがままを言ってる状態なんだよ」


「わがまま……?」


「ああ。だから、その力の『なだめ方』を教えてくれる先生に会いに行こうと思う。ここから北にある荒野に、ちょっと気難しいが、魔法のことなら何でも知ってるババアがいるんだ」


「おばあちゃん……優しい人?」


 カイトは苦笑いした。

「どうだろうな。俺も昔に一度会ったきりだが、少なくとも魔導師としては特級品だ。なにかの答えを見つけてくれるはずさ」


 二人の次の目的地が決まった。

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