第六話 影魔法と光魔法
アイアン・ポストの町から馬を走らせること一刻。
二人の目の前には、赤茶けた岩石が幾重にも重なる<赤岩の峡谷>が広がっていた。
「……いたぞ。あそこだ」
カイトが指差す先、岩の隙間から、体長一メートルはある巨大なネズミ――サンドラットが数匹、這い出してきた。
その体毛は砂を固めたように硬質で、陽光を鈍く反射している。
「いいか、ルナ。落ち着いて狙え。大丈夫、練習した通りにやれば当たる」
ルナは頷き、震える手で銃を構えた。
カイトに教わった通り、照準を合わせる。
放たれた魔力弾は、一匹のサンドラットの足元を弾いた。
「キィィッ!」
怒ったサンドラットたちが、猛然とこちらへ突進してくる。
ルナは慌てて次弾を放つが、焦りから狙いが定まらない。
「ちっ、数が多いな……!」
カイトが魔導銃を抜き、正確な射撃で次々とラットを仕留めていく。
だが、岩陰からさらに十数匹の群れが溢れ出してきた。
この数は異常だ。
「ルナ、下がれ!」
カイトが叫ぶのと同時、群れを率いる巨大な親玉がルナを目掛けて飛びかかった。
ルナは恐怖で足がすくみ、動けない。
カイトは迷わず地面を蹴る。
ルナを抱き寄せ、自らの体を盾にする。
鈍い音と共に、アルファの鋭い爪がカイトの肩を深く切り裂いた。
「……ぐっ!」
「カイト!?」
鮮血が舞い、カイトが膝をつく。
サンドラットたちは、獲物の弱体化を悟ったように、一斉に包囲網を縮めてきた。
「逃げろ、ルナ。俺が何とかする」「嫌だよ、カイト!」
ルナの視界が、カイトの流した血の色で赤く染まる。
胸の奥で、ドロリとした熱い何かが弾けた。
自分を救ってくれた、唯一の居場所。
それを奪おうとする魔獣たちへの、どうしようもない怒り。
「わたしの……わたしのカイトに、触るなッ!!」
ルナが叫んだ瞬間、周囲の空気が凍りついた。
彼女の足元から、自然の理を無視した異常な濃さの影が爆発的に広がる。
影は生き物のようにうねり、地面から無数の黒い触手となって突き出した。
「キィッ!? ギギッ……!」
襲いかかろうとしていたサンドラットたちの四肢を、影の鎖が容赦なく縛り上げる。
魔獣たちは身動き一つ取れない。
「これは……?」
カイトが呆然と見上げる中、ルナは無表情に魔導銃を構えた。
その瞳は、普段の赤色よりもさらに深く、禍々しい輝きを放っている。
「……消えて」
至近距離からの連射。
影に拘束され、動かぬ的と化したラットたちは、なすすべなく次々と魔力弾に撃ち抜かれていった。
最後の一匹が動かなくなった時、ルナの影は霧散するように消えた。
「カイト! カイト、大丈夫!?」
先ほどまでの冷徹な雰囲気は消え、ルナは泣き出しそうな顔でカイトに駆け寄った。
「……ああ、かすり傷だ。それよりお前、今の魔法……」
「分からない、体が勝手に……。それより、早く傷を……!」
「……なあ、ルナ……さっきギルドの受付嬢が気になることを言ってた。おまえには『光』と『影』の魔法属性があると」
「……うん……」
「ついさっきの魔法は影だ。光の魔法には『回復魔法』もあるんだが、やれるか?」
「わかんない、やったことないよ!」
「俺の傷口に手を当てて、傷が塞がるイメージで魔力を流してみてくれ」
「わかった。試してみる」
ルナがカイトの肩に手を置き、イメージを集中させると、淡い光が溢れ出した。
光属性の支援魔法――治癒の力が、カイトの傷口を塞いでいく。
「……できた……できたよ、カイト!」
「こいつは驚いた。まさか本当に光魔法がつかえるとはな……。影で動きを止め、光で癒やすか。お前、とんでもない相棒になりそうだ」
カイトが笑うと、ルナは安堵からか、彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
「怖かった……。カイトがいなくなるの、絶対嫌……!」
「心配させて悪かった。……でも、助かった。ありがとな、ルナ」
カイトは安心させるように、ルナの背中をトントンと軽く叩いた。
「さあ、証拠品を回収して町に戻るぞ。初仕事の報酬で、美味いもんでも食おう」
「……うん!」
ルナは涙を拭い、満面の笑みを浮かべた。
その日の夕暮れ。
アイアン・ポストのギルドに戻った二人は、受付嬢に討伐の報告を済ませた。
山積みのサンドラットの尻尾を見た受付嬢は、驚きに目を見開いた。
「これ……全部お二人で? しかも、アルファまで混じっているなんて。……ルナさん、もしかして、ものすごい才能を隠していたんじゃありませんか?」
「えへへ……カイトが守ってくれたから」
ルナは誇らしげに胸を張り、カイトの腕をぎゅっと抱きしめた。
午前中にルナを馬鹿にしていた冒険者たちは、その光景を遠巻きに見ながら、顔を引きつらせていた。
カイトの放つ「俺たちに関わるな」という無言の威圧感に、誰も近づこうとはしない。
報酬が入った皮袋を受け取り、二人はギルドを後にした。
「カイト、見て! わたしが稼いだ初めてのお金……!」
「ああ、お前の働き分だ。好きに使っていいぞ」
「じゃあ……カイトに、何かプレゼント買ってもいい?」
「……俺に? 自分の服や、魔導銃のメンテナンス代に取っておけ」
「やだ。カイトにお礼がしたいの」
ルナは譲らず、カイトの袖を引いて露店が並ぶ通りへと歩き出した。
夕日に照らされた二人の影が、長く砂の上に伸びる。
ルナの影は、主の心を映すようにカイトの影へ寄り添い、離れないように繋がっていた。




