第四話 荒野の誓い
ドサッ。
こめかみを打ち抜かれたレイヴンは、赤茶けた大地に倒れた。
仕留めたのはカイトではない。
「……まったく、追いつくのに苦労したわよ。せっかく久しぶりの再会を果たしたというのに、一言の挨拶もなしにサヨナラはつれないんじゃない?」
聞き覚えのある、凛とした声。
カイトが視線を向けた先には、芦毛の馬に跨った西部随一の女性ガンマン、カラミティ・サラがライフル銃を肩に担いで不敵に微笑んでいた。
「サラ……!? なぜここに」
「あんたに用があるのよ、カイト」
馬から降りたサラは岩山を軽やかに下ってくると、砂埃を払いながらカイトの前に立った。
ルナは、隠れるようにカイトの背後に回った。
「まさかとは思うが、おまえも俺とやりあおうってんじゃないだろうな? ……“特別報酬”とやらに目がくらんで」
「なんの話?」
レイヴンと対峙することになったいきさつを話すと、サラは難しい顔をした。
「変ね。冒険者ギルドには、カイトの手配書なんて無かったわよ?」
「それはつまり……」
「ややこしい組織に目を付けられてるってことね」
サラは、やれやれ、と肩をすくめた。
「俺の首が目当てじゃないとすると、何の用だ?」
「仕立て屋で会った時、言ってたでしょ? いい情報……いえ、単刀直入に言うわ。あんた頼みたい仕事があるのよ」
「仕事?」
「ええ。ここからさらに西、未開拓の辺境で新しいミスリル鉱脈が見つかったの。あたいはその採掘権を手に入れたんだけど……場所が場所よ。荒くれ者や魔物がうじゃうじゃいるわ」
サラはカイトの瞳をじっと見つめる。
「だから、あんたに護衛として一緒に来てほしいの。……正直、女一人でそんな場所に行ってみなさいよ。下卑た男たちに口説かれるのは日常茶飯事、夜這いまで警戒しなきゃいけないなんて、面倒くさくてやってられないわ」
カイトは振り向いて、ルナを見た。
ルナは不安そうにカイトの外套の裾を握りしめている。
カイトはサラに向かって静かに首を振った。
「悪いが、その依頼は受けられない」
「……即答ね。報酬は弾むわよ?」
「金の問題じゃない。俺は、ルナと旅をすると決めたんだ。ミスリルの鉱山なんて物騒な場所に、ルナを連れて行くわけにはいかない」
サラはカイトの決固な意志を感じ取り、肩をすくめて溜息をついた。
「……そう。相変わらず、一度決めたら曲げないわね。まあ、あんたらしいわ」
サラはあっさりと引き下がり、代わりに小さな袋をカイトに放り投げた。
「これは?」
「路銀よ。バレル・ジャンクションでは結構な安宿に泊まってたそうじゃない。貸しにしておくわ。……その子に愛想をつかされて一人になったら、<サイレント・サンクチュアリ>に来て。死なないでよ、カイト」
「サラ、恩に着る。この借りは、いつか必ず返す」
サラはひらひらと手を振りながら、自分が乗ってきた芦毛の馬の方へと戻っていった。
◇
サラと別れ、赤茶けた荒野をさらに進んだ二人が辿り着いたのは、岩山の麓にへばりつくように発展した宿場町<アイアン・ポスト>だった。
その日の宿にカイトが選んだのは、町で一番大きな石造りの宿屋『荒鷲の翼亭』。
一歩足を踏み入れると、外の乾燥した熱気とは対照的な、ひんやりとした心地いい空気が二人を迎えた。
カイトはサラから受け取ったずっしりと重い革袋から、銀貨を数枚取り出し、受付のカウンターへ置く。
「一番いい部屋を。それと、一階の食堂で一番豪華な食事を二人分頼む。……特に、連れの娘には精のつくものを出してやってくれ」
宿の主人は銀貨の輝きに目を細め、「合点だ、旦那」と威勢よく応えた。
一階の食堂は、仕事終わりの炭鉱夫や用心棒たちで賑わっている。
カイトとルナが隅のテーブル席につくと、程なくして次々に料理が運ばれてきた。
香草をまぶして豪快に焼き上げた「ロックバイソンの極厚ステーキ」、地元の名産である大粒の豆を煮込んだスパイシーなシチュー、そして魔力回復に効くという黄金色の蜂蜜酒。
ルナの目の前には、さらに特別に、貴重な高山植物の果実をふんだんに使ったタルトまで並べられた。
「……こんなに、食べきれないよ」
「いいから食え。今日は限界近くまで魔導銃を撃っただろ。魔力を使い果たした体には、休息と同じくらい栄養が必要だ」
カイトに促され、ルナはおずおずとナイフとフォークを手に取った。
一口、肉を口に運んだ瞬間、ルナの大きな瞳が驚きに見開かれる。
「……おいしい。……温かくて、噛むと力が湧いてくるみたい」
夢中で食事を進めるルナを、カイトは静かに見守っていた。
やがてお腹が満たされ、蜂蜜酒で頬を林檎のように赤く染めたルナが、ぽつりと呟いた。
「わたし……故郷では、この肌の色のために『呪われた血の子』だと忌み嫌われてた。食事はいつも、家畜の餌のような冷めたスープだけ。……誰かに必要とされるなんて、ましてやこんなに優しくしてもらえるなんて、今まで一度もなかった」
ルナはグラスの縁を見つめながら、声を震わせた。
「サラさんは、とても素敵な人。強いし、美人だし、カイトと並んでる姿は、悔しいけどお似合いだった。……だから、わたしを理由にカイトが依頼を断ったとき、心臓が止まるくらい嬉しかった……」
彼女は顔を上げ、泣きそうな瞳でカイトを真っ直ぐに見つめた。
「でも、どうして? わたしより、サラさんと一緒にいた方が、カイトも幸せになれるのに……」
カイトは飲みかけのコーヒーを置き、ルナの視線を受け止めた。
「サラは確かに優秀なガンマンだ。だが、俺が隣にいて欲しい思ったのは、あいつじゃない。お前だ、ルナ」
カイトの静かな、しかし確信に満ちた声に、ルナの耳がびくりと跳ねる。
「……上手く言えないんだが、ルナは俺を人間のままでいさせてくれる気がするんだ。これまで、いくつの賞金首を狩ってきたか、もう覚えてねぇ。血の匂いも、断末魔の叫びも、今じゃただの日常だ。人を殺めることに罪悪感すら感じなくなってきてる」
「……」
「面倒事には首を突っ込まない主義だった。そんなことをして何になる、自分の身を危険に晒すだけだと避けてきた。だが、あの日、ルナが襲われているのを見た時、どうしようもなく守りたいと思った。驚いたよ、俺にそんな気持ちが残っているなんて」
「……」
「俺はとっくに獣同然だと思ってた。だが、ルナといると、まだこの手に温かいものが残っているように感じる。お前が、俺を人でいさせてくれるような気がする。ルナがいなくなったら、俺は本当に獣か、ただの殺戮機械になっちまうかもしれない」
ルナの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「カイトは獣なんかじゃない、ましてや殺戮機械でもない! 世界で一番優しい人間だよ」
「そんなことを言ってくれた奴は、今まで一人もいなかったよ。ルナが初めてだ」
食事を終えたカイトとルナは二階の客室に上がる。
寝床には大きなダブルベッドが一台鎮座していた。
辺境の宿場町では、高級な部屋ほどベッドの質は良いが、数は限られているのが常だ。
「あ……あの、カイト?」
「……すまない。ここしか空いていなかった。俺は椅子で寝るから、ルナはベッドでゆっくり――」
「だめ!」
ルナがカイトの袖を強く引いた。
「……一人で寝るのは、まだ怖いの。……カイトの隣で、眠らせて……」
消え入りそうな声での願いを、カイトは拒めなかった。
厚手の毛布越しに、お互いの体温が伝わってくる。
ルナはシーツの中で、そっとカイトの腕にしがみついてきた。
「カイトの匂いがする。……すごく安心する匂い」
ルナの柔らかな髪がカイトの胸元に触れる。
魔力を使い果たした疲労と、お腹いっぱいの幸福感。
そして何より、自分を必要としてくれる人が隣にいるという安心感。
ルナは数分もしないうちに、規則正しい寝息を立て始めた。
カイトは天井を見つめ、この小さな温もりを守り抜こうと、改めて心に誓った。




