第三話 荒野の射撃訓練
〈バレル・ジャンクション〉の喧騒から離れた荒野。
赤茶けた岩山の連なりを横目に、カイトとルナは馬で隣町を目指していた。
「この馬の名前は?」
手綱を握るカイトの前に座るルナが振り向いて訊ねる。
「名前なんかねぇよ」
「どうして?」
「俺と一緒にいたら流れ弾ですぐに死んじまう、名前をつけても無駄だって思ってな。……だけどこいつは優秀で、いまだに俺とこうして旅をしてる。たいしたやつだよ」
「……名前、つけてあげようよ」
カイトの言葉に、ルナは少し寂しそうに馬のたてがみを撫でた。
「はあん?」
「名前がないと、やっぱり可哀想だよ。それに、流れ弾で死んでしまうかもしれないって、そんな悲しいこと言わないで」
カイトは鼻で笑った。
「悲しいも何も、それが現実ってもんだ」
「でもね…」
ルナは言葉に少し力を込めた。
「この子は精一杯、カイトのために尽くしてる。カイトがわたしを助けてくれた時も、そうだった。名前って、ただの記号じゃないの。その子の存在を認めて、特別だって思ってる証なんだよ。名前を呼んでもらえないなんて、きっとこの子も悲しく思っているよ?」
少女の言葉に、カイトは少しだけ心を動かされたようだった。
「…ふん。じゃあ、ルナが名前を付けてみろよ。どうせなら、俺たちの旅にふさわしいやつをな」
「うん!」
ルナは馬のたてがみをそっと撫でながら、しばらく考え込む。
風がプラチナ色の長い髪を揺らしていた。
「……じゃあね、“ホープ”はどう?」
ルナは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「希望って意味。カイトとわたしを運んでくれる、この子にぴったりの名前だと思う」
「ホープ、ねぇ……おまえさんはどう思う?」
カイトは呟き、馬の首を軽く叩く。
馬は鼻を鳴らし、どこか誇らしげに頭を上げた
「……悪くねぇ。呼びやすいし、縁起もいい。なにより、こいつが気に入ったみたいだ」
カイトはわずかに口元を緩めた。
「よし、今日からお前はホープだ」
ルナの顔が、はあっと明るくなる。
「ホープ、よろしくね!」
ルナの声に応えるようにホープは軽くいななき、足取りを少しだけ弾ませた。
「……よし。この辺りなら誰にも邪魔されねぇ。ルナ、いったんホープから降りろ。ここで魔導銃の練習をするぞ」
周囲には岩と赤土だけが広がり、所々に背の高いサボテンが生えている。
カイトは岩場の陰に荷物を置くと、自分の魔導銃を抜き、構えた。
バンッ
100メートルほど先にあったサボテンが弾けた。
「すごい!」
「動かない標的なんざ目を閉じてても当たる。やってみろ、ルナ」
ルナはフェザーライトを胸に抱え、緊張した面持ちで立っている。
「カイト……ほんとに、わたしでも撃てる?」
「撃てるさ。おまえの魔力量なら十分だ。……よし。まずは構えの復習だ。足は肩幅、腕は伸ばしすぎるな。力むと狙いがぶれる」
カイトはルナの背後に回り、その細い肩や腰の位置を修正していく。
「よし。まずは近いところからにしよう。あのサボテンを狙え。魔力を銃に流し込むイメージだ」
「魔力を……送り込む……」
ルナが目を閉じ、集中する。 すると、彼女の足元の影が、ザワリと波打った。
「……今だ、撃て!」
カイトの合図とともに、ルナが引き金を絞る。
パンッ
乾いた音と共に、銃口から白銀の光弾が放たれた。
魔導弾は砂埃を上げ、サボテンの脇にある岩をかすめて消えた。
「きゃっ……!」
予想以上の反動に、ルナの体がのけぞる。
カイトが咄嗟に背中を支えなければ、後方に転んでいたところだった。
「……ダメ……全然当たらない」
ショックを受けたようにルナが肩を落とす。
「最初から当たる奴なんかいねえ。だが、筋は悪くない。今のは魔力が強すぎたな。ルナの魔力は出力が高すぎるんだよ。もっと小さく、絞り込むよにしろ」
「わかった。もう一回やってみる!」
ルナは唇を噛み、再び銃を構える。
パンッ
サボテンの左端が抉れ、緑色のしぶきが舞った。
「当たった!」
「おう。だがまだ甘い。もっと集中しろ」
カイトはルナの背に手を添え、姿勢を微調整する。
パンッ!
「……っ! やったぁ!!」
ルナの放った魔力弾が、初めてサボテンのど真ん中を打ち抜いた。
顔を輝かせて、ルナが振り返る。
「よくやった。今の感じを忘れるな」
カイトは不器用な手つきで、ルナの頭をガシガシと撫でた。
ルナはふにゃりと頬を緩めて、力強く頷いた。
それから一時間、ルナは何度も光弾を放った。
額に浮かんだ汗が陽光を反射し、白い肌を淡く輝かせている。
「……はぁ、はぁ……っ!」
ルナの肩が上下し、荒い息が漏れる。
「……よし、今日はここまでだ」
「まだ……まだできる……」
ルナは震える腕で銃を構えようとする。
「バカ。魔力の使いすぎは命取りだ。魔力消費の少ない22口径の銃とはいえ、数十発を撃っている。これ以上、無理をすればぶっ倒れるぞ」
その言葉に、ルナはしゅんと肩を落とした。
「……早く強くなりたいの。カイトの役に立てるように」
「焦るな。強さってのは、一日で身につくもんじゃない」
「……うん」
ルナが素直に頷いた、その時だった。
ヒュッ
何かが空気を切り裂く音がした。
カイトの表情が一瞬で険しくなる。
「ルナ、伏せろ!」
カイトがルナを抱き寄せ、地面に押し倒した瞬間、二人の頭上を“何か”が通り過ぎ、後方の岩を粉砕した。
岩片が飛び散り、砂煙が舞う。
「な、なに……!?」
「魔導弾だ。しかも……通常の倍は速い!」
カイトはルナを庇いながら、周囲を見渡す。
荒野の向こう。
岩山の影から、黒い外套を羽織った男がゆっくりと姿を現した。
その手には、異様に長い銃身の魔導銃。
銃口からは、まだ淡い蒼光が揺らめいている。
「……やっと見つけたぜ、カイト・アークウェル」
男は口元を歪め、にやりと笑った。
「おまえ……誰だ?」
「名乗るほどのもんじゃねぇよ。ただの“賞金稼ぎ”さ。断っておくが、交渉には応じられない。おまえの首には、ちょっとした“特別報酬”がついてるんでな」
ルナの肩がびくりと震えた。
「カイト……?」
「……心当たりがありすぎて困るな」
カイトは苦笑しつつも、目は鋭く男を射抜いていた。
男は続ける。
「それと……そこの白いガキ。そいつも“商品”として高値がつく。まとめて連れて帰れば、俺は一生遊んで暮らせるってわけだ」
ルナの影が、怒りに呼応するように揺れた。
「……また、わたしを……」
カイトはそっとルナの肩に手を置く。
「落ち着け。あいつは俺がやる」
「でも……!」
「おまえは撃ち疲れてる。自分でも分かってるはずだ。無茶はするな」
ルナは唇を噛みしめ、下を向いた。
「いいねぇ。守るもんがある奴ほど、殺しがいがある」
男は魔導銃を構え、にやりと笑う。
「……ところで、おまえの名前、まだ聞いてねぇんだが?」
「名乗るほどのもんじゃねぇって言っただろ!……だが、そうだな。どうせすぐ死ぬんだ。教えてやるよ」
男は細い目を更に細めた。
「蒼弾のレイヴン。“賞金稼ぎ専門の始末屋”としては、ちょっとした有名人だ」
「知らねえな……初めて聞く二つ名だ」
「……テメエがなぜ嫌われているか、よく理解できたぜ!」
「そいつはどうも。あと、おまえの得物、普通の魔導銃じゃねぇな」
「気づいたか。こいつは〈ブルーライン〉。“二重圧縮”した魔導鉱石で魔力弾を撃ち出す特製品だ」
レイヴンは自慢するように銃をくるくると回した。
「さあ、始めようぜ。 “西部最速の早撃ち”と呼ばれた男の腕前……見せてもらおうか」
カイトはゆっくりと立ち上がり、ホルスターに手を添えた。
風が止む。
砂が静止する。
荒野が息を潜める。
ルナは固唾を飲んで見守った。
――次の瞬間。
閃光が、荒野を切り裂いた。




