第二話 荒野に咲く白薔薇
翌朝──
部屋の窓から差し込む光が、薄い布団に包まったルナのプラチナ色の髪を照らしている。
カイトは壁にもたれ、腕を組んで少女を見ていた。
昨夜のルナは、ろくに眠れなかったようだ。
何度もうなされ、その度毎に影が苦しそうに揺れていた。
「……お疲れのところを悪いが、そろそろ起きろ」
カイトの声に、ルナの肩がピクリと跳ねる。
「おはよう、カイト……」
ルナは眠たげな目をこすりながら、ゆっくりと上体を起こした。
「ごめんなさい、寝坊して……」
「気にすんな。気分はどうだ?」
「昨日は、ちゃんと眠れなくて……」
「あんな目に遭った後だ。むしろ眠れたほうが驚きだ」
ルナは俯いた。
「腹、減ってるだろ。まずは飯だ」
カイトは軽く伸びをすると、一階の食堂へ向かうよう顎で示した。
「それから町に必要なもんを揃えに行くぞ」
活気付く〈バレル・ジャンクション〉のメインストリート。
カイトは、フードを深く被らせたルナを連れて、一軒の仕立て屋に入った。
「よお、マダム。こいつに合う服を見繕ってくれ。荒野でも動きやすくて、目立たないやつだ」
恰幅の良い女性店主は、ルナを一目見るなり「あら、なんて綺麗な子!」と声を上げた。
「ちょっと、あんた。こんな可愛い子にそのボロ布はあんまりよ。任せなさい、この街で一番の掘り出し物を選んであげるから!」
強引に奥の試着室へ連れて行かれるルナを、カイトは苦笑しながら見送った。
待つこと数分。
カーテンが開くと、そこには見違えるような少女の姿があった。
砂塵を防ぐための頑丈な革のショートパンツに、動きやすい白いブラウス。
その上から、深い藍色のフード付きポンチョを羽織っている。
ウエスタンハットはキャメル色で、カイトとお揃いだった。
「……どう、かな?」
ルナが不安そうに裾をいじる。
カイトは一瞬言葉を失った。
粗末な服を着ていた時も目を引いたが、整えられた彼女は、荒野に咲く一輪の白薔薇のようだった。
「……悪くない。似合ってる」
カイトが感想を伝えると、ルナの頬がわずかに赤らみ耳が嬉しそうに揺れた。
だが、その微笑ましい空気は、店に入ってきた一人の女性によって破られた。
「あら、カイトじゃない。こんなところで何してるのよ?」
声の主は、赤い革ジャンに身を包んだ女冒険者・サラだった。
カラミティ・サラ──“災厄”の二つ名を持つ西部最強の女性ガンマンだ。
「サラか。……別に、ただの買い物だ」
「ふーん? あんたが女の子を連れて歩くなんて珍しいじゃない。ねえ、今夜空いてる? いい情報があるんだけど……」
サラがカイトの顔を覗き込むようにして笑う。
その瞬間、店内の温度が数度下がったような気がした。
ルナの影が不気味に揺れている。
ルナの瞳は冷たく、射抜くようにサラを捉えていた。
「……カイト、行こう。ここは空気が悪い」
ルナはカイトの腕をぎゅっと掴み、サラから引き離すように自分の方へ引き寄せる。
「お、おい、ルナ?」
「やだ、怖い。やきもちかしら?」
からかうように笑うサラに、ルナの放つ威圧感はますます強くなっていく。
カイトは慌てて代金を支払い、ルナを連れて店を飛び出した。
「……ったく、おまえ意外と気が強いんだな」
カイトが呆れたように言うと、ルナは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「カイトが、鼻の下を伸ばしてたから……」
「伸ばしてねえよ。……次はここだ」
カイトが足を止めたのは、魔力の残滓と硝煙の匂いが漂う武器屋〈アイアン・ドラフト〉だった。
壁一面に様々な形状の銃が並んでいる。
魔導銃は勿論、実弾を撃つ一般的な銃もある。
魔導銃は、使用者の魔力を吸い上げエネルギー弾に変えて発射するタイプの火器。
鉛の縦断よりも発射速度、射程距離が長いが魔力持ちでなければ扱えない。
「お、カイトじゃねぇか。今日は修理か? それとも新調か?」
「こいつに一本、軽めのやつを見繕ってやりたい」
「……このお嬢ちゃんに?」
店主は驚いたようにルナを見る。
カイトは真剣な目でルナを見た。
「俺と一緒に旅をするなら、自分の身は自分で守ってもらう。おまえが影魔法を使えるのは知っている。だが、極力使うな。おまえの正体がバレてしまう。そうすれば、また嫌な目に遭うだろう。これからは魔導銃がおまえのお守りだ」
「カイト……わたし、強くなる。あなたの足を引っ張らないように。……だから、ずっと隣にいてもいい?」
「……勝手にしろ。言っておくが、こう見えて俺は人気者なんだ。俺を殺したいって思っている奴はごまんといる。とばっちりで危険な目に遭うかもしれないぜ?」
「その時は、わたしがカイトのことを守る! 守れるくらいに強くなる!」
カイトは苦笑した。
「ふむ……なら、この〈フェザーライト〉がいい」
店主が出したのは、小型で細身の魔導銃。
魔力の通りが良く、扱いやすい初心者向けの銃だ。
ルナは恐る恐る手に取った。
「……軽い。わたしでも……撃てる?」
「撃てるさ。おまえの魔力量なら何の問題もない」
カイトはルナの手を取り、銃の構え方を教えた。
ルナの肩がびくりと震える。
「ち、近い……」
「銃はな、構えが九割だ。変な癖がつく前に覚えろ」
カイトの手がルナの指を包み、引き金の位置を調整する。
ルナの赤い瞳が揺れた。
「……カイトが触ると、なんか……変な感じ」
「気にすんな。仕事だ」
「……むぅ」
不満げに唇を尖らせながらも、ルナは銃を離さなかった。
「よし、それを買う。ホルスターとメンテ用の道具もだ」
「まいど!」
店主が包みを渡すと、ルナは胸に抱きしめるように受け取った。
「……大事にする。絶対に」
「壊れたらまた買えばいい。命より安いんだからな」
「カイト……」
ルナは小さく微笑んだ。
その笑顔は、昨日の怯えた少女とはまるで別人だった。




