第十八話 新たなる旅立ち
サイレント・サンクチュアリの町に、三人は静かに戻ってきた。
獣人族の襲撃の爪痕が残る街並みを抜けて冒険者ギルドの扉を開くと、カイト、ルナ、サラへ一斉に視線が向けられた。
「姉御、お帰りなさい!」
「よくぞご無事で!」
サラを慕う冒険者たちが次々に声をあげる中、カウンターにいた隻眼の大男――サイレント・サンクチュアリのギルドマスター・マツモトががゆっくりと近付いてきた。
「サラ、成果は? まさか尻尾を巻いて逃げ帰ってきたわけじゃあねえよな?」
「はぁ? カラミティ・サラ様をなめるんじゃないよ! 目ん玉かっぽじって、よーく見な!!」
サラは棺桶の蓋を開け、収納していた獣人の遺体を放出し、ロビーに高く積み上げた。
「こ、これは……!?」
ギルドマスターのマツモトは、言葉を失った。
「……嘘だろ。たった三人でこれだけの数の獣人族の戦士を……!?」
数秒の静寂の後、ギルド内は爆発したような歓声に包まれた。
「うおおおおお! やったぞ! サラの姉御がやってくれた!」
「これで鉱山に戻れる! またミスリルが掘れるぞ!」
「酒だ! 酒を持ってこい! 今日は祝杯だ!」
冒険者たちが狂喜乱舞し、互いの肩を叩き合う。その喧騒の中で、サラはどこか居心地が悪そうに、背後に立つカイトとルナを振り返った。
酋長を倒したのはルナだ。サラは「報告はあんたたちがやりなよ」と何度も固辞したのだが、カイトは首を縦に振らなかった。
「この町で最も信頼されているのは、よそ者の俺たちじゃない。サラの言葉だからこそ、連中は耳を傾けるんだ」
その言葉を思い出し、サラは小さくため息をつくと、騒ぐ冒険者たちを黙らせるように強く床を蹴った。
「静かにしな! まだ話の途中だよ!」
一瞬で静まり返るロビー。サラはマツモトを真っ直ぐに見据えて告げた。
「獣人族とは話がついた。あいつらは、もう二度とこの町や鉱山を襲ったりはしない。……だが、この町には隠された真実がある」
「隠された真実だと? なんだ、それは?」
マツモトの問いに、サラは獣人族の長老から聞いたミスリル鉱山の真実を口にした。サラが話を終えると、先ほどまでの熱狂が嘘のように、ギルドの空気が冷たく、重いものへと一変した。
「……はぁ? 何を言い出すかと思えば」
一人のベテラン冒険者が鼻で笑う。
「獣人族が、人間をこの地から追い出すための嘘じゃねえのか?」
「そうだよな。自分たちには勝ち目がない、かといって、このまま指をくわえて聖地を放棄するのも癪に障る。で、あることないこと言った……ってのが関の山だろ」
一攫千金を夢見てこの地に集まった冒険者たちにとって、三人が持ち帰った話は受け入れがたいものだった。
さきほどまでの称賛の声が一転、ブーイングに変わる。
「……ちょっと、カイト。あんたからも、なんか言ってやってよ!」
助け船を求めるサラに、カイトは首を振った。
「こいつらは、自分たちが崖っぷちに立っていることに、落ちるまで気づかない。これ以上、何を言っても時間の無駄だ」
カイトはカウンターに歩を進め、必要な事務手続きを行い、自分とルナの分の成功報酬を受け取った。
「……じゃあな、サラ。お互い命があったら、またどこかで会おう」
「さようなら、サラさん。ポーションを分けてくれて、ありがとう。うれしかったよ」
カイトとルナがギルドを出る時、鉱山の採掘再開計画で盛り上がる冒険者たちの下卑た笑い声が響いていた。
***
町の外れ、街道へと続く丘の上。
「ねえ、カイト。このまま町を離れてよかったのかな?」
ホープの背に揺られながら、ルナがサイレント・サンクチュアリを振る。
「冒険者以外の人たちにも、オババ様の話は伝えておくべきじゃない? このままじゃ……」
「心配するな」
カイトはルナの頭をぽんと叩いた。
「サラが、懇意にしている連中には話をするだろう。……あと、今回の獣人族討伐のクエストは辺境伯からの依頼だった。これがどういう意味を持つか分かるか?」
「?」
「ギルドは辺境伯に全てを報告しなきゃならないってことさ。後のことは、お貴族様が決めてくださる」
「そっか! なら、大丈夫だよね!」
ルナはようやく笑顔を見せた。
「それはそうとルナ、ゴールドランク昇格おめでとう。こんな短期間にすげえじゃねえか」
「カイトがいてくれたからだよ!」
「謙遜するな。ドロゴはルナが一人で倒したんだ。あの影魔法は、本当に凄かった。これからも頼りにしてるぜ、相棒!」
「ひ、ひゃい! こ、こちらこそ……よろしくお願いします……」
ルナは頬を赤らめ、誇らしげにプレートを握りしめた。
二人きりの、静かで穏やかな旅が再び始まる――そう確信していたその時。
「おーい! 待ってー!」
背後から土煙を上げて走ってくる影があった。
芦毛の駿馬の鞍上にいるのは赤い革ジャンを身に纏った“災厄”――サラだった。
「あぶない、あぶない……また置いていかれるところだった。ねえ、あたいも一緒に行くよ!」
「はあああ!? 何を言っているんですか、あなたは! ついて来ないで!」
ルナが牙を剥かんばかりに拒絶する。
カイトも困り顔で首を振った。
「おまえと一緒に旅だなんて、悪い冗談はやめてくれ。トラブルの予感しかしねえ」
うんうん、と激しく同意するルナ。
カイトは続ける。
「パーティーが必要なら、他を当たってくれ。おまえと組みたい冒険者は、掃いて捨てるくらいいるだろう?」
「おふたりさん、なにか忘れてやしませんか?」
サラがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ほれ、これをよーく見てみろ!」
ギルドカードを突きつけた。
パーティーメンバー欄には、しっかりと三人の名前が刻まれていた。
「……あ」
カイトは思い出した。
臨時でパーティーを組んだ際、ギルドの事務手続きで、『クエスト完了後に自動解散』の項目にチェックを入れ忘れていたことを……。
正式な解散手続きは、メンバー全員が揃ってギルドの窓口で行わなければならない。
「つまり、あたいたちは今もまだ運命共同体ってわけさ!」
「ウソウソ、無理無理、絶対にイヤ! カイト、今すぐ町に戻って手続きしよう!」
「いいじゃない、三人のチームワークはバッチリだったし。ね? カイト」
「……やれやれ。次の町に着くまでは、仕方ないか」
カイトの妥協案に、ルナが絶叫する。
頭を抱えるカイト、怒り狂うルナ、そして楽しげに笑うサラ。
三人の足跡は、まだ見ぬ地平線の先へと続いていくのだった――。




