第十七話 サイレント・サンクチュアリの真相
大広間の奥、目立たない扉の奥にある螺旋階段を下ると、別の横穴があった。
そこは冷たい湿気に包まれた、獣人族の集落でも最も深い場所にある地下牢だった。
鉄格子の向こうで、一人の老いた獣人が静かに座していた。
彼女こそが、部族の知恵袋であり、精神的支柱である長老――通称“オババ様”であった。
「……そうか。ドロゴが死んだか」
ガロンから息子であるドロゴの最期を聞かされたオババ様は、深く、長く目を閉じた。
その皺の刻まれた顔に、一筋の涙が伝う。
「あの子はあの子なりに、一族の未来を憂うておったのじゃろう。……『神の審判』が下ったというのなら、それもまた運命。受け入れねばなるまいな」
オババ様はガロンの手を借りて立ち上がると、毅然とした態度で告げた。
「人間たちよ、わしを大広間へ連れて行っておくれ。この無意味な争いを終わらせねばならん」
――大広間には、未だに武器を手に殺気立っている獣人たちが集まっていた。酋長亡き後、混乱の中にあった彼らだが、長老の姿を見るなり、一斉に静まり返った。
「皆の者、よく聞くのじゃ。わしらが『聖域』と呼び、守り続けてきたサイレント・サンクチュアリ……あの地の真実をな」
オババ様の声は、老いてなお広間に鋭く響き渡った。
「かつて、あの地は聖地などではなかった。先祖代々、あそこは『呪われた地』と呼ばれ、忌み嫌われてきた場所なのじゃ」
獣人たちからざわめきが起こる。
長きにわたり聖域として祈りの対象だった地が呪われているなど、にわかには信じられない様子だった。
「あの山はミスリルの塊。天から降った雨はミスリルの層を通り、地下に溜まって地下水となる。だが、その水は毒なのじゃ。ミスリルの成分が溶け出したその水を飲めば、すぐにはどうこうならんが、数年のうちに全身を焼かれるような激痛が走り、苦しみ抜いて死ぬことになる。かつてあの地で暮らしたわしらの先祖は、そうやって何人も命を落としたのじゃ」
オババ様は遠い目をして続けた。
「あまりに多くの犠牲が出たため、あそこは禁足地となった。だが、時が経ち、ミスリル鉱床が放つ神々しいまでの輝きが、いつしか人々の記憶を塗り替えてしまったのじゃ。呪われた地は、いつしか『神の住まう聖域』と呼ばれるようになった。わしら長老の役目は、部族の者が立ち入らぬよう目を光らせつつ、その秘密を墓場まで持っていくことじゃった。呼び名が聖域だろうが呪われた地だろうが、誰も近づかなければそれでよいと考えておった……」
広間は水を打ったように静まり返った。
オババ様は、今もなお聖域を奪還しようと息巻いている戦士たちを見据えた。
「今、あの地で暮らしている人間たちは、数年のうちに一人残らず死に絶える。それも、この世の地獄のような苦しみを味わいながらな。……それを知ってもなお、おぬしらはあの地を取り戻したいか? 聖域などという名前にせず、呪われた地のままにしておいたほうが、こんな悲劇は起きなかったのかもしれんの」
「オババ様が言っていた『聖地を汚した人間には、いずれ神罰が下る』とは、そういう意味だったのか……」
ガロンの言葉に、オババ様が頷く。
「……放っておけば、あの地を占拠した人間たちは自滅する。これ以上、わしらの血を流してまで戦う必要はどこにもないのじゃ」
長老の言葉に、酋長派だった獣人たちも、ついに武器を下ろした。
そして、ドロゴを葬るため亡骸を数人がかりで抱えると、オババ様に深く一礼をして大広間を出ていった。
静寂が訪れた中、カイトとルナは顔を見合わせて青ざめていた。
「……なあ、ルナ。俺たち、あそこで井戸水飲まなかったか?」
「飲んだわね。たっぷり。……え、私たちも死ぬの!?」
慌てる二人に、オババ様はふっと表情を和らげた。
「安心せい。数日間過ごした程度では、腹も痛くならんじゃろ」
「ちょ、ちょっと待って! あたいは? カイトやルナと違って、数ヶ月間、あそこで暮していたんですかど!?」
今度はサラの顔が青ざめる。
「死ぬことはないじゃろうが……痛みに苦しむことにはなるじゃろうな」
「なんとかならないの? オババ様!」
「……まあ、我が部族を再び一つにしてくれた恩があるから構わんか……」
オババ様は独り言を呟いた後、ガロンに耳打ちして、祭壇に置かれていた木箱を満って来させた。
蓋を開けると、中にはポーションの瓶が納められていた。
オババ様は一本を抜き取り、サラに渡した。
「我が部族に伝わる秘薬を授けよう。数ヶ月分くらいのミスリルの毒なら、それで解毒できるはずじゃ」
「ありがとう、オババ様!」
そのポーションはそうとう苦いらしく、サラは涙を滲ませながら飲み下していた。




