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第十六話 決戦~神の審判~

 洞窟の中は、外観からは想像もつかないほど広大だった。 

 天井は高く、壁面には淡い緑色の光を放つヒカリゴケと、人工的に埋め込まれた魔鉱石の照明が交互に並んでいる。 

 その青白い光が、岩肌を不気味に、かつ幻想的に照らし出していた。


 サラが腰のポーチから魔力回復用のポーションを取り出し、一気に飲み干す。

「カイト、あなたも一本どう?」


「俺は大丈夫だ。……なにが起こるかわからん。貴重なポーションはお守りとして自分用に持っておけ」


「まったく、あんたの魔力はどうなってるのよ? あれだけ魔導銃を乱射して平気な顔してるなんて。魔導士にでもなったほうがよかったんじゃない?」


「勘弁してくれ。俺は勉強が嫌いなんだよ」 

 カイトは面倒そうに肩をすくめる。

「ややこしい術式だの、古代言語だの、そんなもん覚えられるか。その点、魔導銃はいい。狙いを定めて引き金を引く。それだけで目的が達せる」


「なるほどね……」 

 サラは苦笑した。

「そういえばルナ、影魔法を使うってことは……あなた、ダークエルフ?」


 ルナは一瞬だけ黙り、そして静かに首を振った。

「違う。肌の色が違うってだけで、あの郷では受け入れられなかった。私は……ダークエルフじゃない」


 その言葉には、長い孤独と痛みが滲んでいた。  

 サラはそれ以上、何も言わなかった。


 やがて、一行は最奥の広間へと到達した。 

 そこには、石造りの玉座に座る獣人族の酋長・ドロゴがいた。 

 灰色の毛並の巨大な体躯に、鋭い眼光―― 

 威圧感だけで空気が震えるような錯覚を覚える。

 

 その周囲を、数十人もの屈強な獣人戦士たちが取り囲んでいる。 

 戦士たちは牙を剥き、一斉に武器を構えた。


「侵入者め、生きて帰れると思うな!」


 戦士たちが地を蹴り、戦闘に入ろうとしたその時。


「待て。控えよ!」


 ドロゴの一喝に、戦士たちはピタリと動きを止めた。 


 ドロゴは鋭い眼光を、カイトたちをここまで案内してきた迎撃部隊のリーダーに向けた。


「……ガロンよ。なぜ最後まで戦わなかった。一族の誇りを捨て、敵をここまで引き入れた理由は何か」


 ガロンは震える拳を握りしめ、真っ直ぐにドロゴを見返した。


「この者たちは強い。……それに、オババ様が仰っていた通りです。力では何も解決しない。これ以上、仲間が死んでいくのを見るのは……もう嫌なんです」


 静まり返る広間。 

 ドロゴは低く唸りながら、ゆっくりと立ち上がった。


「侵入者よ、貴様らの目的は何だ?」


「もちろん、お前の首だ。そのあと、オババ様との茶飲み話を予定している」


「よくばりな男だな。だが、気に入った。我と対峙して、ここまで動じない人間は初めてだ。……よかろう。貴様の度胸に敬意を表して、『神の審判』を執り行う」


「神の審判?」


「一対一の決闘だ。神は正しい者に味方をする。貴様が勝てばオババ様の元へ通そう。だが負ければ、三人の命、無いものと思え!」


 魔導銃を構えようとするカイトの前に、ルナが静かに歩み出た。


「言ったでしょカイト、私がやる」


 カイトは迷った。 

 だが、ルナの揺るぎない決意に満ちた横顔を見て、魔導銃をホルスターに戻した。 

 ルナの底知れない可能性に賭けてみようと思ったのだ。


「……わかった。死ぬなよ、ルナ」


 カイトが後ろに下がると、ドロゴの顔が怒りで赤黒く染まった。


「貴様、正気か! そんな小娘を我にぶつけるとは、このドロゴを、ひいては神を愚弄するか!」


「神様は正しい者の味方をしてくれるんでしょ? なら、わたしが勝つわ」


 ルナが冷徹に告げると、ドロゴは咆哮した。


「ほざけ!」


 ドロゴが巨大な両刃の戦斧を振りかざし、地を割るような勢いで襲い掛かる。 

 ルナは蝶のように軽やかに跳躍してそれをかわすと、空中で魔導銃の引き金を引いた。 

 乾いた銃声が響く。 

 しかし、放たれた22口径の魔導弾はドロゴの強靭な皮膚に弾かれ、火花を散らすのみだった。


「ははは! そんな豆鉄砲で、この我の肉体を貫けると思ったか!」


 ドロゴはあざ笑い、銃弾をあえて全身に浴びながら距離を詰める。 

 脅威ではないと確信した男の突進は、暴走する猛牛のようだった。 


 目前に迫る戦斧。 

 ルナは咄嗟に影の盾を展開し、衝撃を殺しながら後方へ転身する。 

 再び距離を取り、彼女は銃口を据え直した。


「……なら、これはどう?」


 ルナの影の魔力が銃身に吸い込まれ、不気味な黒い光を放つ。


「シャドウバレット!」


 放たれたのは、漆黒の魔力を纏った強力な一撃。それはドロゴの肩に深くめり込み、鮮血が舞った。


「ぐ、おおおっ!?」


 ドロゴが苦悶の声を上げ、片膝を突く。 

 そこへ、控えていた獣人の一人が駆け寄り、銀色に輝く盾を差し出した。


「ドロゴ様、これを!」


 ドロゴはそのミスリル製の盾をひったくるように受け取り、立ち上がる。   

 それを見たカイトが叫んだ。


「おい、汚ねえぞ! 一対一じゃなかったのか!」


「いいがかりはやめてもらおう。道具を使うのは自由、一対一で戦うことに変わりはない!」


 ドロゴは盾を構え、シャドウバレットを弾き飛ばしながら猛然と突進した。 

 ルナは再び影で防御を試みるが、ドロゴの圧力に押し負けている。


「小娘、よくぞここまで戦った。だが、これで終わりだ!」


 ドロゴが両刃の戦斧を高く掲げ、全身の魔力を斧に集中させる。 

 斧刃に黒い雷のような魔力が奔る。


黒牙裂断(こくがれつだん)!」


 振り下ろされた一撃は、ルナの影の防壁を霧散させるように消し飛ばした。 

 間髪を入れず、ドロゴの重い蹴りがルナの腹に突き刺さる。


「ぐっ……!」


 ルナの体が宙を舞い、カイトの足元まで転がっていく。


「ルナ、もう止めろ! 俺が代わる!」 

 口から血を流すルナを、カイトが抱き起こす。


「カイトの言う通りよ、ルナ……あなたはよく戦った。もう休みなさい」 

 サラも、心配そうに顔を覗き込んだ。


「平気よ……これくらい、アガサ先生の魔法修行の厳しさに比べたら、どうってことないわ」


 ふらつく足で、ルナは立ち上がった。


「いまさら代表が代わるなど認められん。それは神に対する冒涜だ。死ね!」


 ドロゴがトドメを刺さんと斧を振り上げる。 

 だが、ルナは不敵に微笑んだ。


「心配しないで、カイト、サラさん。……わたしは大賢者アガサの弟子、絶対に負けない!」


 ルナが掌を地面に叩きつける。 

 その瞬間、ドロゴ自身の影が生き物のように立ち上がり、背後から彼を羽交い絞めにした。


「ぬうっ!? なんだこれは、離せ!」


「無駄よ。あなたの影は、今だけ私の味方だから」


「……だが、動きを止めただけではどうにもなるまい! 貴様の魔力もじきに尽きる。その時こそ、我が斧が貴様の命を喰らい尽す!」


 ドロゴが拘束を振り払おうと必死にもがく。 


 ルナは振り返り、叫んだ。

「カイト、サラさん、逃げて! 私から離れて!」


 ルナの手には、いつの間にかダイナマイトが握られていた。 

 先程、カイトに抱き起された際、彼の外套の内ポケットからこっそり借用したものだ。


「……ルナ、お前いつの間に!?」


 ルナはドロゴに向かってダイナマイトを放り投げる。 

 空中でドロゴの影がキャッチする。


「さようなら、ドロゴ」 


 ルナはフェザーライトを構え、引き金を引いた。 

 放たれた魔導弾が、導火線の先端をかすめて火を点ける。 

 影はダイナマイトをドラゴの眼前まで運ぶと、動きを止めた。


「や、やめろ……放せぇええええ!」


 恐怖に歪むドロゴの顔。


 次の瞬間―― 

 轟音と共に、広間が激しく揺れた。


 もうもうと立ち込める黒煙と、火薬の臭い。 

 爆風に煽られたカイトとサラが腕で顔を覆う中、やがて視界がゆっくりと晴れていく。

 そこには仰向けに倒れ伏したドロゴと、全身を影ですっぽりと覆ったルナの姿があった。


「……は、はは……。まさか、こんな奥の手があったとは……」 

 虫の息のドロゴが掠れた声で笑う。


「言ったでしょ。……あなたは、私が倒すって」 

 薄れていく防御壁の中から姿を現したルナは、肩で息をしながらも毅然と立っていた。


「ドロゴ様!」 

 周囲の獣人たちが一斉に駆け寄ろうとするが、ドロゴが震える手でそれを制した。


「よせ……。神の審判は下った。……我の、負けだ」


 ドロゴは絞り出すように言うと、どこか晴れやかな表情でルナを見た。


「……小娘。その度胸と影魔法、恐れ入った。……約束だ。貴様らをオババ様の元へ通そう。ガロン、案内してやれ……」 


 それが、ドロゴの最後の言葉になった。 

 酋長の死を悼む獣人たちの咆哮が、洞窟内にこだまする。


「……みんな、仇は取ったよ……」


 張りつめていたものが切れたように、よろめくルナ。 

 慌ててカイトが駆け寄り、その肩を支えた。


「無茶しやがって……」


 カイトは心の底から安堵したように呟くと、優しくルナを抱きしめる。


「……カ、カイト!?」


 ルナの耳がぴこんと跳ねて、その先端まで真っ赤になった。


「……ところで、いつの間に俺のダイナマイトを盗んだんだよ?」


 ルナは悪戯っぽく微笑み、カイトの胸元を指差した。

「カイトが私を助け起こしてくれた時よ。……隙だらけだったわね」


「……全く、食えないお嬢様ね」 

 サラが呆れたように言いながら、近寄ってくる。

「でも、その機転のおかげで助かったわ。……ほら、これを飲みなさい。魔力回復用のポーションよ」


「ありがとう、サラさん。助かる……」


 ポーションを飲んで数分後、ルナの影が濃さを取り戻したのを見てカイトが言った。


「それじゃあ行こうか、オババ様の所へ」

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