第十五話 獣人の根城・掃討戦
切り立った岩壁に口を開ける、獣人たちの根城。
その不気味な黒穴を前に、三人の影があった。
「カイト、どうするつもり?」
サラがライフルを肩に担ぎ直し、隣に立つカイトに視線を送る。
「俺が正面から乗り込む。サラは崖の上からライフルで、ルナは後方に身を隠して銃と魔法で援護してくれ」
カイトは洞窟の入り口を見据えたまま、短く答えた。
「洞窟の中での戦闘は避ける。横穴があったり、トラップが仕掛けてあったりしたら面倒だからな。まずはこいつでドカンと“花火”を打ち上げる。何事かと獣人が出てきたら、そこを叩く。人間が一人で乗り込んで来たと、獣人共は喉を鳴らして湧いてくるだろうさ。残らず片付ける」
カイトが取り出したのは、数本のダイナマイトだった。
それを見たサラが目を丸くする。
「あんた、いつのまにそんな物を……」
「新しい町に着いた時は、役に立ちそうな装備は常にチェックしているのさ。さすがは鉱山の町だ。想像よりも安価で手に入ったよ」
不敵な笑みを浮かべ、カイトは一人で洞窟の正面へと歩み出る。
彼は導火線に火を灯すと、迷いなく入り口の奥へとダイナマイトを放り投げた。
数秒後――
ドンッ!
爆発音とともに、洞窟の入り口が崩れ、土煙が舞い上がる。
直後、怒声とともに獣人たちが飛び出してきた。
だが、崩れた岩のせいで一度に出てこられない。
「来いよ……まとめて相手してやる」
カイトの魔導銃が火を噴く。
正確無比な射撃が、飛び出してきた獣人の眉間を次々と貫いていく。
十、二十、三十……。
死体の山が築かれていく。
だが、獣人たちも黙ってはいない。
内側から力任せに岩を押し退け、広くなった開口部から一団となって躍り出てきた。
「任せて!」
崖の上で構えていたサラが引き金を引く。
高所からの狙撃が、カイトの死角を狙おうとした獣人を打ち抜く。
それでも、サラの弾幕をかいくぐった数体の獣人が包囲するようにカイトへ肉薄した。
四方八方から鋭い爪が振り下ろされる。
「カイト、動かないで!」
後方に控えていたルナの影が凄まじい速さで伸び、カイトの体を球体状に包み込んだ。
獣人の爪が影の障壁に弾かれ、火花を散らす。
その隙を逃さず、サラの狙撃とルナの魔導弾が追撃を加えた。
仲間が次々と倒され、本能的に危険を察知した獣人たちは、再び洞窟の奥へと逃げ込もうとする。
「逃がさない!」
崖を駆け下りながら、サラが叫ぶ。
“災厄”の二つ名を持つ最凶の女ガンマンは着地と同時にライフルの銃床で近くの獣人の顎を叩き割り、流れるような動作で腰の38口径を引き抜いた。
「あいにく、出口は閉鎖中だよ!」
ライフルの長射程と、拳銃の近接制圧能力。
その二つを組み合わせた立ち回りは、まさに戦場の災厄そのものだった。
「待ってくれ! 俺たちの負けだ。戦闘を放棄する……。だから、頼む! 命だけは助けてくれ!」
カラン、と乾いた音を立ててリーダー格の戦士が剣を捨てた。
彼はその場に膝をつくと、両手を頭の後ろで組み、ぐいと胸を張る。
それは急所である腹部を無防備に晒す、獣人族に伝わる“絶対服従”と“降伏”のポーズだった。
背後にいた数人の生き残りたちも、絶望に顔を歪めながら、リーダーに倣って武器を投げ捨てた。
「ふざけないで……!」
ルナが震える手で銃を構え直し、一歩前へ踏み出す。
「デニスさんたちも、きっと同じことを言ったはずよ。でも、あなたたちは耳を貸さずに殺した! 自分たちが不利になったら命乞いだなんて……そんなの、虫が良すぎるわ!」
激昂するルナの指が、引き金に力を込める。
その時、リーダーが必死に叫んだ。
「俺たちは、人間の町を襲うつもりなんてなかったんだ! すべては酋長の命令で、仕方なくだったんだ!」
「……どういうことだ?」
カイトはルナを制し、リーダーに鋭い視線で問いかける。
「獣人族の中には二つの派閥があった。聖地を武力で奪還しようとする酋長の一派と、静観を貫こうとする長老様の一派だ……」
リーダーは額に汗を浮かべ、一気に言葉を紡ぐ。
「長老様――オババ様は、人間と争って無駄な血を流してはならんと仰っていた。聖地を汚した人間には、いずれ神罰が下る。だから戦わずとも、時を待てばよいと……。俺たちは、その言葉に従っていたんだ」「それがどうして、こんなことになったのよ!」
ルナの問いに、リーダーは悔しげに顔を伏せた。
「酋長が……あの力に溺れた男が、オババ様を拘束したんだ。そして『武力こそが誇りを取り戻す唯一の道だ』と。逆らう者は見せしめに殺された。俺たちには、従う以外の道はなかったんだ。頼む、わかってくれ……!」
カイトはルナと視線を交わし、状況を整理するように呟いた。
「……つまり、暴走している酋長を討ち、長老を解放すれば、獣人族は鉱山や町への侵攻をやめる、ということか?」
「ああ、間違いない。かつて聖地を追われた時、俺たちが徹底抗戦しなかったのはオババ様の教えがあったからだ。酋長さえいなくなれば、武力派の連中も大人しくなるはずだ」
沈黙が流れる。
カイトは暗い洞窟の奥を見つめた。
「どうする、カイト。この先の狭い洞窟で接近戦になったら、身体能力で勝る彼らは相当厄介よ」
サラが冷静に分析を口にする。 すると、それまで俯いていたルナが、顔を上げて言い放った。
「あたしがやる。カイトとサラさんは援護に回って」
「ルナ、本気か?」
「デニスさんたちが死んだのは、酋長の命令で町が襲われたから……。だったら、そいつをブッ倒すのが一番の敵討ちになると思うから」
ルナの瞳には、復讐心だけではない、決意の光が宿っていた。
カイトは頷き、リーダーに向かって顎をしゃくった。
「よし。なら、酋長のところへ案内しろ。……言っておくが、妙な真似をすれば、このダイナマイトで洞窟ごと吹き飛ばすからな」
カイトが懐から取り出した導火線付きの束を見せると、獣人たちは一様に顔を強張らせた。
「案内役は、あんた一人で十分ね」
サラが手際よく動いた。
ポーチから取り出した特殊なワイヤーで、生き残った戦士たちの手足を瞬く間に縛り上げる。
さらに彼女は、周囲に転がる死体の山を見つめると、革ジャンのポケットからマジックアイテムの小さな箱――通称“棺桶”を取り出した。
「討伐の証拠も必要だもの。これは回収させてもらうわよ」
淡々と死体を詰め込んでいくサラの作業を、リーダーの男は恐怖と悲痛の入り混じった表情で見つめていた。
「さあ、行きなさい。……あなたの言葉が真実であることを祈るわ」
ルナの冷徹な声に促され、リーダーの男はふらつきながらも、暗い洞窟の奥へと歩き出した。




