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第十四話 襲撃

 数日間、穏やかな日々が続いた。 

 温かいベッド、温かい食事、デニス一家との交流……。 

 時折、ギルドの軽い依頼をこなしながらカイトとルナはサイレント・サンクチュアリでの時間を過ごした。


「今日はこれにするか」


 カイトがギルドの掲示板から剥がしてきたのは、『ポーション用素材:デビルスパイダーの毒腺採取』。町から十数キロ離れた砂岩地帯に生息する大サソリの討伐と素材採取の依頼だった。 

 サソリの毒に含まれるペプチドという成分は、高度な回復ポーションを精製するための貴重な原料となる。 

 二人は手慣れた様子で装備を整え町を出ると、目的地で次々とサソリ仕留め狩り、予定を大幅に上回る成果を上げて帰路に就いた。


 しかし、町の近くまで戻った二人の目に飛び込んできたのは、夕闇を赤く染める不吉な光景だった。


「……火の手か!?」


 カイトが叫ぶ。 

 サイレント・サンクチュアリの至る所から炎が上がり、黒煙が空を覆っていた。 

 慌てて門を潜り抜けると、そこは地獄絵図と化していた。 

 穀物庫は荒らされ、通りには逃げ遅れた住民たちの無残な死体が転がっている。


「そんな……どうして、警備の兵士たちは!?」 

 

 ルナの問いに答える者はいなかった。


 後に判明したのは、獣人たちが周到に仕組んだ策略だった。 

 連日、町から離れた鉱山を繰り返し襲撃することで、辺境伯の軍や有力な冒険者たちの注意をそちらへ引きつける。 

 その隙に、別動隊が城壁の下を潜り抜けるトンネルを密かに掘り進め、手薄になった町の中枢へと一気に侵入されたのである。


「デニスさんの店……!」


 ルナが駆け出し、カイトも後に続く。 

 だが、視界に入ってきたのは、黒焦げの店の残骸と、血に染まった無残な光景だった。 


 店主のデニス、その妻、そしてまだ幼い二人の子供たち。 

 いつも笑顔でカイトたちを迎えてくれた一家四人は、獣人たちの鋭い牙と爪によって、見る影もなく引き裂かれていた。


「……あ、ああ……」


 ルナが口を覆い、その場に膝をつく。 

 昨日まで、ここで笑いながらパンを食べていた。

 デニスさんは「また明日な」と言ってくれた。幼い兄妹たちの笑顔はもう見れない……。


「……どうして……どうして、こんなことに……っ」


 ルナの背後で、影が蠢き始める。 

 まるで彼女の怒りと悲しみを映すかのように、黒い靄が地面を這い、空気を歪ませていく。


「ルナ、やめろ! 落ち着け!」


 カイトが叫ぶ。 

 だが、ルナの瞳は虚ろで、涙と怒りに濁っていた。


「わたしたちがいなかったから……守れなかった……! あの人たちは、何も悪くないのに……!」


 影がルナの背後で形を変え、まるで魔獣のような形を作る。 

 周囲の空気がビリビリと震えた。


 カイトはルナの頬を叩いた。

「魔力が暴走しかかっている。制御しろ! アガサに教えられたことを思い出せ!!」


 ルナの脳裏にアガサの顔が浮かぶ。

『魔力は感情に引っ張られる。落ち着いて』


 ルナは瞳を閉じ、深く深く息を吸い、そして吐いた。 

 影が揺らぎ、そして静かに収束していく。


「……ごめん、カイト。私……」


 泣いているルナをカイトは抱きしめた。


「何も言うな。俺も多分、同じ気持ちだ」


 二人は立ち上がり、焼け跡の中に立つ。 


 カイトの拳は、血が滲むほど強く握りしめられていた。




 焼け落ちた町の中、カイトとルナは冒険者ギルドの扉を押し開けた。 

 ロビーは騒然としていた。 

 負傷者の手当て、避難民の対応、そして討伐隊の編成。 

 だが、二人が足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


「……今さら何しに来たんだ?」

「お前らがいれば、もっと助けられた命があったかもしれないんだぞ」


 冷たい視線と、突き刺さる言葉。

 カイトは黙ってそれを受け止めたが、ルナの拳は震えていた。


「獣人の拠点を探しに来た。情報が欲しい。獣人たちの拠点はどこだ?」


「……それを知ってどうするつもりだ、カイト?」 

 一人の冒険者が、包帯を巻いた腕を抑えながら詰め寄った。

「聖地を奪われ、生まれ育った土地を追われた連中に銃を向けるのは嫌だったんじゃねぇのか!? 獣人族は可哀想な被害者サマだったんねぇのかよ!」


 周囲の冒険者たちからも同意するような野次が飛ぶ。 

 孤立する二人。 

 その時、喧騒を切り裂くような凛とした声が響いた。


「そこまでにしな! 八つ当たりは見苦しいよ!」


 人混みを割って現れたのは、ライフル銃を肩に担いだサラだった。 

 彼女は周囲の冒険者たちを鋭い眼光で黙らせると、カイトの正面に立った。


「獣人たちの拠点なら、あたいが掴んでるわ。奴らは北の岩壁地帯にある洞窟を根城にしている。……でも、今のギルドに動ける戦力はほとんど残っていない」


 サラはロビーをぐるりと見回す。


「カイト、ルナ。あたいのパーティーに入りなさい。公式な討伐任務として、あたいがあんたたちを指揮下に置く。これなら誰も文句はないだろう?」


 カイトはルナと視線を交わした。 

 ルナが深く頷く。


「……助かる、サラ」


「礼は奴らの首を獲ってから言いなさい。あんたたちと仲が良かったデニスさんの店のパン、あたいも好きだったのよ……」 


 周囲の冷ややかな視線を背に、三人は冒険者ギルドを後にした。

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