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第十三話 デニス・ベーカリー

デニス・ベーカリーは、メインストリートから2ブロック奥の通りの一角にあった。


 評判の店らしく、ルナが通りを行く人に尋ねたところ、すぐに場所が判明した。


 店は二階建ての木造建築で、外壁は白い漆喰に覆われ、窓枠や扉は深い赤茶色の木材で縁取られている。 

 入り口の上には、手描きのパンの絵と『Dennis Bakery』と書かれた木製の看板が揺れていた。


 中に入ると、すぐに焼きたてのパンの香りが鼻をくすぐる。 

 カウンターの奥には石造りの大きな窯があり、デニスがいつも汗をかきながらパンを焼いている。 

 棚には丸パン、黒パン、干し果実入りの甘いパンなどが並び、ガラス瓶には手作りのジャムや蜂蜜もあった。


「いらっしゃいませ」 

 カウンターの奥から顔を出したのはデニスの妻。

「カイトさんにルナちゃん! うれしい、来てくれたのね!」 


 大きな声に誘われるように、デニスと子供たちも姿を見せる。


「ルナお姉ちゃんだ!」


「ほんとに遊びにきてくれたんだね!」


 数か月ぶりの再会に、ルナと子供たちは抱きあって喜んでいた。


「パパ、ママ。ルナお姉ちゃんと遊びに行ってもいい? 町を案内してあげるの!」


「あんまり遠くへ行っちゃ駄目よ。お姉ちゃんは長旅で疲れているんだから」


「はーい!!」


 ふたりに手を引かれるようにルナは店を出ていった。 

 扉を抜ける寸前、振り向いたルナに、「思いっきり楽しんで来い」とカイトが頷くと、こぼれるような笑みが返ってきた。


「ははは、すっかり懐いてるな。カイトさんも、そこに掛けてくれ。今、お茶を淹れるよ」


「いい店じゃないか。町の人に道を尋ねたら、すぐに教えてくれたよ。この辺りじゃ一番のベーカリーだと言っていた。たいしたもんだ」 

 イートインスペースの椅子に腰を下ろし、カイトは言った。


「都会と違って競合する店が少ないだけだ。俺なんてまだまだだよ」 

 デニスが謙虚に言う。

「それより今夜の宿は? 決まってないなら、うちに泊まってってくれ。たいしたもてなしはできないが、歓迎するよ」


 温かいハーブティーを運んできてくれたデニスの妻も、笑顔で頷いている。


「いや、そこまで甘えるわけにはいかない。宿で休むよ。ところで、さっき冒険者ギルドで色々と話を聞いた。正直、どうなんだ? ここの暮らしは……」

  

 カイトが問うと、デニス夫妻の表情に影が差した。 

 獣人族の噂が町を覆い、誰もが不安を抱えているのだろう。


「鉱山の様子は……あまり良くないという話は聞いてる。獣人たちの襲撃が激しくなっていってるそうだ。防壁に囲まれた町の中は安全だけれど、目と鼻の先で戦闘が行われているんだ。正直、気が落ち着かないよ」


「……そうか。けど、城壁の内側の治安は良さそうじゃないか。なんというか、もっとヤバイ所を想像していた。荒くれ者の鉱夫や冒険者たちが幅を利かせているような」


「だとしたら、俺たち一家はとっくに夜逃げしているさ」 

 デニスは笑いながら言った。


 それからカイトとデニス夫婦は、他愛もない世間話に花を咲かせた。 

 時折、カランカランとドアベルが鳴り、鉱夫や近所の主婦が店を訪れては去っていく。 

 しばらくすると、外で走り回って少し顔を赤くしたルナが、満足げな表情の子供たちと一緒に戻ってきた。


「カイト、戻った」


「おかえり、ルナ。楽しかったか?」


「うん。猫、喜んでくれた!」


 少しだけ誇らしげなルナの様子に、カイトは自然と笑みがこぼれた。


「ルナ、そろそろおいとましよう。デニスさんに宿を紹介してもらったから、そこへ泊まろう」


「気に入ってもらえると思うよ。飯も美味いし、主人も信頼できる男だ。俺の紹介だと言えば安くしてくれるよ」


 デニスに礼を言い、二人は店を後にした。 

 紹介された宿にチェックインし、部屋に荷物を置くと、カイトは窓の外の暮れなずむ町並みを眺めた。


「ルナ。悪いけど、この町にしばらく滞在することにしてもいいか?」


「……獣人の話、気にしてる?」


 カイトは頷いた。

「いまのところは大丈夫そうだが、本当にこの町には牙を剥かないのか……見極める必要がある」

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