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第十二話 サイレント・サンクチュアリ

「町……というよりは城塞都市だな、こりゃ……」 

 カイトは、高くそびえる防壁を見上げて呟いた。


「サイレント・サンクチュアリにようこそ。歓迎するよ……と言いたいところだが、ここは最重要拠点だ。得体のしれない者を通すわけにはいかん。身分を証明する物は?」


 門番の兵士に止められたカイトとルナが冒険者プレートを見せると、態度が一変した。


「おおっ、ふたりは冒険者だったのか。プラチナランクにシルバーランクとは心強い。歓迎するぜ!」


 ルナがカイトの外套の袖をつんつんと引く。


「プラチナはカイトだよね。シルバーって、誰?」


「ルナのことだよ」


「ええー! わたしアイアンだよ!?」


「ラスティ・クリークで賞金首を何人か捕まえただろ。バロウがランクを上げてくれたのさ」


「い、いつの間に……というか、そういう大切なことはちゃんと報告してよね!」


「あはははは」 

 兵士は豪快に笑った。

「あんた“死神”のカイトだろ? 西部でも一、二を争うヤバイ男が、こんな嬢ちゃんの尻に敷かれているとはね。……いや、いいものを見せてもらった」


「尻に敷かれてなんかいねえ!」


 激昂するカイトとは裏腹に、ルナはどこか嬉しそうに微笑んでいた。




 辺境の地とは思えないほど整備された石畳の道、等間隔に並ぶ魔導灯。 

 この地を統治する辺境貴族の権力と、ミスリルがもたらす莫大な富が、町の隅々にまで行き渡っているのが見て取れる。


 居住地区へ続く坂道には、鉱夫たちが帰路につく姿が見える。   

 肩にツルハシを担ぎ、汗と土にまみれた男たち。   

 その間を、荷馬車や商人たちが行き交っていた。


「活気があるね」


「治安も悪くなさそうだ。マフィアの連中も、ここには手を出しづらいはずなんだが……」


「けど……なんか空気がピリピリしてるね、カイト」


「門番も気になることを言ってたしな。ルナには悪いが、デニス親子のパン屋を探す前に冒険者ギルドへ行こう。……かまわないか?」


「うん。どんな危険が潜んでいるか、わからないもんね。まずは情報取集しなくちゃ!」 

 気を引き締めるように、ルナはぎゅっと拳を握った。 


 ミスリル景気に沸くこの町を象徴するかのように、ギルドの建物は重厚な石造りで、辺境の出張所とは思えないほど立派な構えをしていた。


 扉を押し開けた瞬間──


「これは……?」 


 カイトは言葉を呑んだ。 


 広々としたギルドのロビーには、苦悶の声と血の匂いが充満していた。 

 長椅子や床には、何人もの冒険者たちが力なく横たわっている。 

 包帯を巻かれた者、服を真っ赤に染めた者、そして意識を失いかけている者……。


「ったく、あんたたちときたら不器用なドワーフが作った盾よりも役に立たないね。ほら、ポーションだよ。喧嘩せずに使いな」


 赤い革ジャンの女性が言う。

 まったくの無傷で立っている。



「姉御、すまねえ……まさか奴等があんなに強えだなんて……」


「あんたたちが弱すぎんのよ!」


「サラ、これはどういう状況なんだ?」 


 カイトが背中に問いかけると、名うての女性冒険者は弾かれたように振り向いた。


「カイト! 来てくれたのね……って、なぁ~んだ、おチビちゃんも一緒か」


「おチビちゃん!? 私の名前はルナ!」


 頬を膨らませて抗議するルナの肩を抱いて、カイトは自分の側に引き寄せた。

「サラ、ルナは頼りになる俺のパーティメンバーだ。侮辱することは許さん」


 サラは両手を広げて肩をすくめると、近くの椅子にどっかと腰を下ろした。 


「見ての通りよ、カイト。最悪な状況だわ……」 

 深い溜息をつく。

「この町は、辺境貴族・グレイ伯爵がインフラを整備し、安全を保証する見返りに、鉱山から産出されるミスリルの収益を税として徴収することで成り立っている。でも、その裏には深い傷跡があったの」


「どういうことだ?」


「ミスリル鉱山は、もともとこの地に住まう獣人族の聖地だったのよ。辺境伯の軍勢は強力な火器によって獣人たちを追い出し、強引に採掘を開始した。軍の本隊が帰還して防衛が手薄になった頃から、獣人たちが聖地奪還のために幾度となく鉱山を襲撃しているってわけ……」


「サラ、よくこんな場所に来ようなんて思ったな」


「あたいだって、ここに来るまで知らなかったのよ!」


「獣人たちは鉱山だけでなく、この町にも攻めてくるの?」 


 大人しく話を聞いていたルナが口を開いた。 

 パン屋のデニス親子のことが心配だったのだろう。


「いまのところ、そういう話は聞いたことがないわね。奴等の目的は聖地の奪還だからだと思うけど……」


「よかった……! 教えてくれてありがとう、サラさん」


 ルナの素直な物言いに、サラは少しどぎまぎしながら「どういたしまして」と応えた。


「状況はわかった。もうここに用はない。行くぞ、ルナ」


 背中を向けて立ち去ろうとするカイトに、サラは激昂した。

「待ちな! あんた、あたいの依頼を受けるためにここまで来たんじゃないのかい!?」


「いや。温泉町で知り合った親子に会いに来たんだよ。……そうだ、忘れるところだった」


 カイトは小さな革袋を取り出すと、サラに放って渡した。


「借りてた路銀だ。少ないが利子をつけておいた。あの時は正直、助かったよ。感謝してる」


「お願いカイト、力を貸して!」


 カイトはゆっくりと首を横に振った。


「……聖地を奪われ、生まれ育った土地を追われた連中に銃を向けろと? 悪いが、俺には獣人族がただの被害者にしか見えねえよ」


 返す言葉を見つけられなかったサラは、黙ってカイトとルナの背中を見送るしかなかった。

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