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第十一話 ミスリル鉱山への道中~旅の断章~

 人里離れた岩場の陰で、二人は夜を明かす。 

 焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中、カイトは真剣な表情で鍋をかき混ぜている。   

 干し肉と野菜を煮込んだ簡単なスープだが、荒野では十分なご馳走だ。


 ホープは少し離れた草地でのんびり草を食んでいる。   

 時折、満足そうに鼻を鳴らす。


「ホープ、今日もがんばってくれたね」

 

 ルナがホープの首を優しく撫でる。   

 ホープは気持ちよさそうに目を細めた。


「……おまえ、本当にホープの世話が焼きだな」


「だって、大切な仲間だもん」


 ルナが言うと、ホープは嬉しそうに鼻を鳴らした。


「……できたぞ。俺たちもメシにいよう」


「わぁ……いい匂い」


 ルナは嬉しそうに器を受け取り、ふうふうと息を吹きかけてから口に運んだ。


「……おいしい!」


「そりゃよかった」


 カイトは淡々と答えたが、どこか満足げだった。


 しばらく、二人は黙ってスープを味わった。  


 焚き火の音と、遠くで鳴く夜鳥の声だけが響く。


 ルナはふと、カイトの横顔を見つめた。  

 火に照らされたその表情は、いつもより柔らかく見える。


「……ねえ、カイト」


「なんだ」


「こうしてると……なんだか、旅してるって感じがするね」


「旅してるんだから当然だろ」


「そうだけど……なんか、安心するの」


 ルナは膝を抱え、火に照らされた自分の影を見つめた。


 食後、冷え込む夜風にルナが身を縮めると、カイトは無言で自分の厚手のコートを彼女の肩にかける。


「カイトは寒くないの?」


「……火の番をしてる。寝ろ」 


 ルナはカイトの背中に寄り添い、その温もりに包まれながら、安らかな眠りについた。

   


   ***



 補給のために立ち寄った小さな農村。 

 そこにはマフィアの影も、賞金稼ぎの殺気もない、平和な時間が流れていた。 

 市場の片隅で、ルナが足を止める。 

 彼女の視線の先には、黄水晶で作られた三日月形の髪飾りがあった。


「……欲しいのか?」 


 カイトが尋ねると、ルナは慌てて首を振った。


「ううん、今の私には贅沢かなって。……行こう、カイト」 


 だが、村を出る直前。 

 カイトは「忘れ物だ」と言って、ルナの掌にその髪飾りを無造作に乗せた。


「カ、カイト!? いつの間に……」


「……目印だ。はぐれた時に見つけやすいだろ」 


 照れ隠しの嘘をつくカイトの横で、ルナは嬉しそうに髪飾りを着けると、何度も何度も触れていた。



   ***



 さらさらと流れる小川の畔で、カイトとルナは小休止を取る。


「ふぅ……。冷たくて気持ちいいな」


 カイトは川の水で顔を洗い、ふいーっと息を吐いた。 

 木漏れ日が水面に反射し、キラキラと揺れている。


 ふと隣を見ると、岩に腰掛けたルナが、真剣な面持ちで魔導書を読んでいた。 

 卒業祝いにアガサから贈られた一冊で、表紙には銀糸で織られた古代文字が淡く光っている。 

 普段は、やはりアガサから譲り受けた古びた革製のポーチに収納されている。


「勉強熱心だな。暇さえあれば読んでるじゃねえか」


 ルナは微笑むと魔導書をパタンと閉じて、じっと自分の足元を見つめた。 

 その表情は真剣そのもので、何かに深く集中しているようだ。


「……どうかしたのか?」


 カイトの声に、ルナは顔を上げずに人差し指を口に当てた。

「しーっ」という合図だ。 

 カイトが視線を彼女の足元に落とすと、そこではルナの『影』が奇妙な動きを見せていた。


 地面に張り付いていたはずの黒い影が、もこもこと立体的に盛り上がる。 

 それはやがて、小さな四肢と尖った耳、そしてしなやかな尻尾の形を成した。


「……おっ」


 カイトが小さく声を上げる。 

 ルナの影から生まれたのは、一匹の黒猫だった。 

 影の猫は、まるで本物のように前足で顔を洗う仕草を見せ、ルナの足元をくるりと一周すると、カイトを見上げて「ニャア」と鳴く真似をしてみせた。


「すごいな、ルナ。影魔法でそんなに細かい造形ができるようになったのか」


「……まだ、簡単な動きをさせるだけで精一杯だけどね」


 ルナがふっと集中を解くと、影の猫は溶けるようにして彼女の足元の影へと戻っていった。 


「ミスティ・ベイスンの温泉宿で……あの子に言われたから」


「?」


「わたしの魔法を見て、『次は猫を見せてね』って。約束、したから」


 カイトは、デニスの子供たちが目を輝かせながらルナの魔法を見ていたあの日の光景を思い出した。


「そうか。ルナは律儀だな」


「……変かな。サイレント・サンクチュアリに行っても、本当に会えるかどうか分からないのに」


「きっと会えるさ。あの子たちも喜ぶぞ。本物みたいにリアルな猫だし、何よりもルナの優しさが伝わってくる」


 カイトの言葉に、ルナは少し照れくさそうに微笑み、俯いた。



   ***



 サイレント・サンクチュアリへ向かう街道を進むにつれ、景色は徐々に変わっていった。   

 赤茶けた大地は次第に灰色の岩肌へと変わり、風には金属の匂いが混じる。


「……なんか、空気が違うね」


 ルナがホープの背で鼻をひくつかせる。


「ああ。鉱山の町ってのは、だいたいこういう匂いがする。土と石と金属……あと、汗だな」


「汗……?」


「働くやつが多いってことだ」


 カイトは遠くを指差した。


 丘の向こうに、大きな町が見えてきた。  

 岩山をくり抜いて築かれたような城塞。 

 鉱石とハンマーをモチーフにした巨大なモニュメント。 

 山肌に蜘蛛の巣のように走るミスリルの鉱床──。


「……あれがサイレント・サンクチュアリ、“静寂の聖域”……」


 ルナは息を呑んだ。

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