第十話 裏社会の賞金首
ホープにまたがり次の町へ向かう途中、陽炎の向こう側に、ゆらゆらと動く黒い影が見えた。
荒野を渡る風が、バッファローの匂いを運んできた。
「足止めになりそうだな」
カイトが目を細めて呟く。
近づくにつれ、一人の若い牧童が群れを捌くのが見えてきた。
麦わら帽子を深く被り、陽に焼けた肌をした、まだ幼さの残る少年だ。
「こんにちはー!」
ルナが手を振ると、牧童は驚いたように振り返り、固まった。
顔が真っ赤になっている。
(一目ぼれだな、こりゃ……)
カイトは心の中で苦笑しながら、その初々しい反応を眺めていた。
「あの、お二人は旅の方ですか!?」
「そうだよ。一番近い町まで、あとどれくらいだ?」
「馬なら二時間もあれば……あ、あの、ノド乾いてませんか?よかったら水でも……!」
水筒を差し出す牧童。
ルナはにこりと微笑んで受け取った。
「ありがとう。優しいんだね」
「ひゃっ……!?」
牧童は変な声を上げて固まる。
その様子を見て、ルナはちらりとカイトの方を見た。
──反応なし。
いつも通りの無表情で、ホープの手綱を握っている。
(……むぅ!)
ルナは馬を降りて牧童に近づき、袖を軽く引いた。
「ねえ、あなたの名前は?」
「ぼ、ぼく!? ぼ、ぼくはテッド! テッド・ハミルです!」
「テッド。素敵な名前だね。わたしはルナ」
「ルナさん……ひゃああああ……!」
ルナの笑顔に、テッドは完全に撃沈していた。
ルナは再びカイトの様子を伺う。
カイトはバッファローの群れを観察しながら小さく口笛を吹いていた。
(……カイト、少しくらい気にしてくれてもいいのに)
テッドは、一秒でも長くルナといたいという気持ちから、必死で言葉を紡ぐ。 家族のこと、バッファローのこと、荒野で起こった愉快な事件──
(きりがねぇな、少年には悪いが……)
カイトは咳払いをした。
「すまねえが……俺たちはそろそろ行かなきゃならない」
「あっ、ごめんなさい! 引きとめちゃって……」
「ううん、気にしないで。お話しできて楽しかったよ、テッド。また、どこかで会えるといいね!」
ホープに跨るルナを見つめながら、テッドは意を決したように口を開いた。
「あ、あの、ぼ、ぼく、ルナさんのこと──!」
テッドが何かを言いかけた瞬間、一頭のバッファローが列を乱して暴れ出した。
「うわっ、待て! そっち行くな!」
テッドは慌てて群れの中へと走っていく。
遠ざかる背中を見送りながら、カイトはルナの頭をポンと叩いた。
「惚れられたな」
「……少しは動揺した?」
「なんで俺が? テッドはいい奴そうじゃないか」
「そういうことじゃないの!」
ルナは唇を尖らせた。
(……カイトの馬鹿! 少しはヤキモチ焼いてよ……)
ホープはルナを慰めるように「ヒン」と鳴くと、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。
◇
テッドと別れたカイトとルナは、夕暮れの荒野を抜け、やがて小さな交易町〈ラスティ・クリーク〉に到着した。
町の中央には、まっすぐに伸びる目抜き通りがあり、両脇には木造の建物が軒を連ねる。
「……カイト。なんか、見られてる」
「よく気付いたな。気を緩めるなよ」
「うん!」
適当な宿に部屋を取り荷物を置くと、カイトはルナを連れて表に出た。
「外食? わざわざ狙われに行くようなことしなくても……」
「睡眠を邪魔されたくないんだ。とっとと片付ける」
「わかった」
ルナは微笑んだ。
カイトは歩みを止めず、周囲をさりげなく観察する。
路地の影、屋根の上、数メートル離れて尾行する者──
複数の視線が二人を追っていた。
「ルナ、走るぞ!」
カイトはルナの手を引き、入り組んだ路地へと飛び込んだ。
背後から数人の足音が追いかけてくる。
わざと袋小路に近い、視界の悪い場所を選んで足を止めた。
「……来る」
ルナが低く呟くと同時に、路地の入り口と屋根の上から、武器を手にした男たちが姿を現した。その数、八人。
「そこまでだ、カイト・アークウェル。無駄な抵抗はやめて大人しく投降しな。そうすれば痛い目は──」
リーダー格の男が言い終わるより早く、カイトの右手が動いた。
乾いた銃声が三発。
カイトが放った魔導弾は屋根の上にいた狙撃手二人の手首と、目の前の男の脚を正確に撃ち抜いた。
「なっ……!?」
「ルナ、援護しろ!」
「任せて!」
ルナが地面に手をかざすと、彼女の足元からドロリとした漆黒の影が立ち上がり、二人を包み込む防壁となった。
敵が放った弾丸は、その影に吸い込まれるようにして威力を失い、地面に落ちる。
「ルナ、殺すなよ! 生かしておいて情報を引き出したい」
「OK、カイト!」
ルナは影の隙間から愛銃<フェザーライト>を突き出し、引き金を引く。
乱射される魔導弾が、影の防御を抜けられない敵を次々と無力化していく。
カイトは影から飛び出すと、残る敵の武器だけをピンポイントで弾き飛ばした。
わずか数十秒。
路地には、呻き声を上げる男たちが転がっていた。
カイトは逃げようとしたリーダー格の男の襟首を掴み、壁に叩きつける。
そして、まだ熱を帯びた銃口を眉間に突きつけた。
「誰に頼まれた。……言え。次の一秒で指が動くぞ」
男が恐怖に顔を歪めたその時、路地の奥から重厚な足音が響いた。
「そこまでだ、荒事師ども。俺の街で派手にやってくれたな」
現れたのは、茶褐色のコートを羽織り、胸に銀のバッジを光らせた大柄な男だった。
その鋭い眼光は、修羅場を幾度も潜り抜けてきた者特有の威圧感を放っている。
「……あんたが、ここの保安官か?」
カイトが銃を下ろさずに問うと、男は不敵に笑った。
「保安官であり、冒険者ギルドのマスターでもある。名はバロウだ。……言い分はギルドで聞いてやる。その連中もろとも、ついてきてもらおうか」
バロウの背後には、武装したギルドの衛兵たちが控えていた。
カイトはルナと視線を交わし、ゆっくりと銃をホルスターに収めた。
「……いいだろう。どのみちギルドには顔を出すつもりだったからな」
こうしてカイトとルナは、捕らえた襲撃者たちと共に、ラスティ・クリークの冒険者ギルドへと連行されることになった。
「……なるほど。あんたが、“死神”カイト・アークウェルか」
バロウは、没収した襲撃者の荷物の中から見つけ出した一枚の羊皮紙を、机の上に放り出した。
そこにはカイトの鋭い眼光を捉えた似顔絵と、十万ゴールドという破格の賞金額が記されている。
「これはマフィアのドン、コーネリアスが発行したものだそうだ。あんたたちを襲った連中が吐いたよ」
カイトは鼻で笑い、手配書を一瞥した。
「しつこいジジイだ。配下になれという誘いを断るたびに、賞金額が跳ね上がっていく」
「それだけじゃないだろ。あんた、コーネリアスの部下で賞金首になっていた連中を、片っ端から始末したらしいじゃないか」
「賞金首を狩るのが俺の仕事だ。相手が誰の部下だろうと関係ない」
カイトの淡々とした言葉に、バロウは呆れたように肩をすくめた。
マフィアのボスを公然と敵に回して平然としている男など、そうそういるものではない。
「……この街も、奴の勢力圏ってわけか?」
「まあ、そうだな。悔しいが、奴の金はこの街の血管にまで入り込んでやがる」
バロウの言葉に、カイトは隣に立つルナを見た。
彼女もまた、不安そうな表情で手配書を見つめている。
「これ以上、あいつの影に追い回されるのは御免だ。コーネリアスの支配が及ばない場所へ行く」
すると、それまで黙っていたルナが顔を上げ、カイトの服の裾を引いた。
「カイト……〈サイレント・サンクチュアリ〉はどうかな? ほら、前に温泉町で知り合ったあの一家が、あそこに移住したって言ってたじゃない。また会いたいな」
ルナの提案に、バロウが意外そうに眉を上げた。
「ミスリル鉱山の麓のか。あそこならまだ町ができて間もない。開拓地特有の荒っぽさはあるが、コーネリアスの支配は及んでいないはずだ」
「ミスリルなんて金になりそうなもん、あいつが見過ごすはずねえだろ」
カイトが懐疑的な視線を向けると、バロウは頷いた。
「確かに、息のかかった奴が何人か潜り込んでいるかもしれない。だが、鉱山そのものを牛耳っているという話は聞かねえな。少なくとも、この辺りで奴の勢力圏に留まっているよりは、よっぽど安全だ」
カイトは少し考え込み、やがて短く息を吐いた。
「……いいだろう。行き先は決まったな」
バロウは机の引き出しから、ずっしりと重い革袋を取り出した。
「これは、あんたが倒した連中の中にいた指名手配犯の賞金だ。……俺の街を掃除してくれた手間賃として受け取っておけ」
カイトは無言でその袋を受け取ると、ルナを促して席を立った。
「助かった。……あばよ、保安官」
「死ぬなよ、“死神”。次に会う時は、死体袋の中じゃないことを祈ってるぜ」
バロウの皮肉混じりの見送りを受け、二人はギルドを後にした。
夕闇が降りたラスティ・クリークの通りを歩きながら、カイトは夜空を見上げた。
「ルナ、明日の早朝に出発するぞ。ミスリルまで、また長い旅になる」
「うん! 楽しみだね、カイト!」
ルナの明るい声が、荒野の夜風に溶けていった。




