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第一話 荒野の中の白い影

 乾いた風が、砂を巻き上げていた。

〈サンドリッジ〉──魔導鉱石を巡って無法者が跋扈する、世界の端のような荒野。  

 その一本道を、馬にまたがる一人の男が進んでいた。


 黒い外套を翻し、腰には魔導銃(マギガン)を下げている。 

 青年の名は カイト。 

 賞金首を追って荒野を渡り歩く、流れ者の冒険者(バウンティ・ハンター)だ。


「……もう少しの辛抱だ。町に着いたら水と干し草をたらふく食わせてやるからな」


 愛馬に声をかけながら首を撫でる。 

 長く過酷な旅路を共に乗り越えてきた、頼りになる相棒だ。 

 焦げ茶色の毛並みが暖かい。


「!」 


 風に乗って微かな悲鳴が聞こえた。


 カイトは馬の足を止めて、耳を澄ませる。 

 空耳ではない。 

 やはり誰かが追われている。


「……面倒ごとは御免なんだがな」


 そう呟きながらも、彼は迷わず走り出していた。




 砂丘を越えた先で、カイトは見た。


 黒い鎖を手にした三人の冒険者──いや、奴隷狩りだ。  

 その中心で、白い影が追い詰められていた。


 プラチナ色の髪。 

 雪のように白い肌。  

 そして、ブラッドルビーのように深い赤い瞳。


「エルフの少女か……。奴隷狩りにとっちゃ、見逃せない獲物だわな。しかし、なんだってエルフがこんな荒野に?」


 少女は震えながらも、自分の影を操って抵抗していた。  


「影魔法! へぇ……珍しいな。アルビノのダークエルフなんざ、初めて見たぜ」


 少女の魔力は切れかかっている。 

 影の動きが徐々に鈍くなっていく。


「てこずらせやがって!」 

 奴隷狩りの一人が、下卑た笑みを浮かべた。

「おまえさんみたいな希少種は、変態貴族に高く売れるんだ。せいぜい可愛がってもらえ。その前に俺たちが味見をして──」


 男の言葉が終わる前に、乾いた銃声が響いた。


 バンッ


 奴隷狩りの男の頭が吹き飛んだ。


「……悪いな。俺の趣味じゃなくてね。女の子を追い回すのは」 

 カイトは45口径の魔導銃を残る二人に向ける。

「その子を置いて立ち去るのなら見逃してやる。拒否するなら……言わなくても分かるよな?」


 奴隷狩りたちは一瞬怯むが、すぐに魔導銃を構えた。


「てめぇ、邪魔すんじゃねぇ!」


「賞金首でもねぇ奴に構ってる暇はないんだが……」 

 カイトはため息をつくと、馬を操って砂丘を一気に駆け下りる。

「まっ、見過ごせるほど薄情でもないんでね」


 次の瞬間、砂塵の中で閃光が走った。




 奴隷狩りが放った魔導弾が砂を爆ぜさせる。 


 カイトの愛馬はジグザクに掛けながら距離を詰める。


 バンッ


 カイトの魔導弾がスキンヘッドの奴隷狩りの心臓を打ち抜く。


 残りは一人。


「テメエ、銃を捨てろ!」 

 最後の一人が少女の後ろに回り込み、こめかみに魔導銃を突きつけた。

「こいつがどうなってもいいのか!?」


「子供を盾にするなんざ、見下げ果てた野郎だな……」


「うるせぇ! テメエも西部で生きているんだったらわかってるはずだ。ここでは生き残った者が正義なんだよ」


「おっしゃるとおりだ。時々、忘れそうになる。俺の悪いクセだ」  


 見捨てられると思ったのだろう。

 少女が青ざめる。  


 カイトはニヤリと笑った。

「大丈夫だ。安心しろ。見捨てたりはしない」 

 彼はゆっくりと銃を前方遠くへ放り投げた。


 奴隷狩りの男は、ほっとしたように銃を持つ腕で額の汗を拭う。  


 次の瞬間── 


 カイトは手早く手綱を引いて、愛馬を加速させた。  

 その勢いのまま、空中に身を躍らせると、ホルスターの裏側からショートソードを抜いて、奴隷狩りに向かって投げつける。 


 狙いすました一撃は、魔導銃を持つ男の腕を正確に貫いた。


「ぎゃああああ!」  

 痛みで男の手が緩む。


「今だ! 俺とは反対方向に走れ!!」  


 少女はカイトの言葉に従い、駆け出す。


「テメエら、ぶっ殺してやる!」 

 左手に銃を持ち換え、男が叫ぶ。


 バンッ


 着地したカイトは転がりながら投げ捨てた銃を拾い上げ、引き金を引いた。


 少女とカイト、どちらを狙うか逡巡した男は、引き金を引くことなく大地に倒れた。


「一瞬の迷いが生死を分かつ……これも西部の掟だよな。忘れたか?」


 カイトは冷たく言い放ちショートソードを回収すると、膝をついて荒く呼吸する少女に近づき手を差し伸べた。


「……助けてくれたの?」


「たまたま通りかかっただけだ。礼はいらない」


「……でも、あなたが来なければ、私は……」 

 固く目を閉じた少女の頬に涙が伝った。

「どうして、わたしばっかりこんな……」


 粗末な衣服にやせっぽちの体── 

 奴隷狩りに狙われる前から、ろくでもない人生を歩んできたのだろう。


「……ほら。立てるか?」


 少女は小さく頷き、震える足でよろよろと立ち上がった。


「家は近くか?」


「わたしには……帰る場所なんてない……」


 カイトは、天を仰いで短いため息をついた。


「……そうか。そりゃあ、俺と同じだな」


 カイトは黒い外套を脱ぐと、少女の細い肩にふわりとかぶせた。 

 プラチナ色の髪と白い肌は、この荒野ではあまりに目立ちすぎる。 

 奴隷狩りの残党や、他のならず者に見つかれば、また同じことの繰り返しだ。


「とりあえず、この先の町まで行こう。あそこなら水も食い物もある。……おまえ、名前は?」


 少女は外套の襟をぎゅっと掴み、カイトを見上げた。

「……ルナ」


「ルナか。いい名だ。俺はカイト。見ての通りのしがない賞金稼ぎだ」


 カイトは愛馬の背にひょいと飛び乗ると、ルナに向かって手を差し伸べた。

「乗れよ」


 ルナは一瞬ためらったが、カイトの大きな手を取り、彼の後ろに跨った。

 馬がゆっくりと歩き出す。 

 乾いた風が二人の横を吹き抜けていった。



     ◇



「……どうして、助けてくれたの?」 

 背中越しに、消え入りそうな声が聞こえた。


「さあな。さっきも言っただろ、たまたま通りかかっただけだ。あと……」 

 カイトは前方の地平線を見据えたまま、少しだけ声を和らげた。

「昔、知り合いに言われたことがある。『あんたは、いつか白い少女と出会うだろう。その子はお前の運命を変えるよ、いい方向に』とね……。それを思い出したのさ……」


 ルナはルナは信じられないといったように大きく目を見開くと、やがてカイトの背中にそっと額を預けた。 

 温かい。 

 馬の体温と、この青年の体温が、凍りついていた彼女の心を少しずつ溶かしていくようだった。


 一刻ほど進むと、砂塵の向こうに岩壁に囲まれた町、〈バレル・ジャンクション〉の影が見えてきた。

 魔導鉱石の交易で栄えるその町は、活気と欲望が渦巻く、この界隈で一番大きな溜まり場だ。


「いいか、ルナ。町に入ったらそのフードを深く被っておけ。おまえの容姿は、ここでは宝石よりも価値がある。余計なトラブルは避けたいからな」


「……わかった」


 町に入ると、鉄錆と硝煙の匂いが鼻を突いた。 

 酒場からは騒がしい音楽が漏れ、通りでは荒くれ者たちが魔導銃の手入れをしている。


 カイトは馴染みの宿屋兼酒場〈錆びた弾丸亭〉の前に馬を止めた。


「よお、カイト! また手ぶらで帰りか? おまえさんの腕なら、大物の一人や二人、すぐに仕留められるだろうに」 

 店主のガサツな声が飛ぶ。


 カイトは肩をすくめて応えた。

「あいにく、今日は『拾い物』をしちまってね。……親父、奥の静かな部屋を一つ空けてくれ。それと、俺の愛馬に一番いい干し草と、こいつにはパンと温かいスープを」


 カイトがルナを連れて店に入ると、一瞬、酒場が静まり返った。 

 外套に隠れてはいるが、彼女の異質な気配を敏感に感じ取った者がいたのだろう。


 カイトは腰の魔導銃〈マギガン〉のグリップに軽く手をかけ、鋭い視線で周囲を威圧した。

「……何か文句がある奴は、表で聞くぜ?」


 男たちは舌打ちをして視線を逸らした。 

 カイトはこの界隈では名の知れた早撃ちだ。 

 わざわざ命を捨てる馬鹿はいない。


 二階の簡素な部屋に入ると、ルナはようやく深く息を吐いた。


「ここで少し休め。俺は下で一杯やりながら仕事の情報を集めてくる。……一人で外には出るなよ。この町には、さっきの連中よりタチの悪い狼がうじゃうじゃいるからな」


 カイトが部屋を出ようとした時、ルナがその袖を小さく引いた。


「カイト……」


「なんだ?」


「……ありがとう」


 カイトは一瞬、面食らったような顔をしたが、すぐに帽子を深く被り直して背を向けた。

「……礼なら、そのスープとぱんを全部たいらげてからにしろ」


 扉を閉める。 

 カイトは廊下で一人、苦笑いを浮かべた。


「賞金首を追うはずが、とんだ厄介ごとを抱え込んじまったな……」


 だが、彼の足取りは、どこか軽やかだった。 


 荒野の気まぐれな風が、彼にとって何年ぶりかの温もりを運んできたのかもしれない。

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