前世の記憶
とある一軒家のリビング。穏やかな昼下がり。
三歳の男の子が床に座り、窓の外に広がる青空をぼんやりと見上げていた。
ゆるやかな風がカーテンをふわりと揺らし、その端がそっと頬を掠めた。その瞬間、男の子はふっと瞬きをて、台所で洗い物をしている母親へ視線を向けた。
「なあに? どうしたの?」
母親はその気配に気づき、やわらかく微笑んだ。
「ねえ、ママ……」
「んー?」
「ぼく、前世の記憶があるんだ」
「え!?」
母親は思わず手にしていたコップを落としそうになった。前世の記憶――テレビや本で見たことがある。ちょうどこのくらいの年頃で、そういうことを言う子がいると。
まさか、うちの子が……? 確かに、いつもより顔つきが妙に大人びていて、声の調子も落ち着いている。
母親は蛇口をひねり、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ど、どんな人だったの……? 軍人さん? それとも戦争や災害の被害者? ヨーロッパの人……?」
「おっぱーい」
「は!?」
「おっぱぶの常連」
「おっぱぶ!?」
「久々に行きてえなあ……」
「い、いや、あの、ちょっと待って……。えっと、じゃあ、お仕事は何をしてたの?」
「まあ、無職だったけど」
「おー……じゃ、じゃあ、どうして死んじゃったの?」
「普通に病死でしたよ。いやあ、不摂生が祟りましてねえ。はははは!」
「その喋り方やめて。ねえ、何かこう、悲劇的なエピソードはないの? 同情されるようなやつ……」
「高校を……退学になったんだ……」
「まあ、悪い先生に嵌められたのね……それで人生が狂って……」
「万引きがバレて……」
「わあ……」
「あの時代はセーフだったのに」
「どの時代でもアウトでしょ」
「ねえ、ママ……スマホ買ってくれない?」
「え、急に何……?」
「調べたいことがあるんだ……」
「あ、前に住んでいたところとか、友達のこと?」
「お気に入りのポルノサイトが、まだ生きてるかどうか」
「おおぅ……」
「いやあ、前世は環境に恵まれませんでしたが、今回は当たりですよ。陽当たり良好、庭つき一軒家。こりゃ最高ですわ。どうぞ、これからもよろしくお願いしますよ、奥さん」
「……」
「ところで奥さん、おっぱいをいただいてよろしいですかな? 久々にこう、乳首をくりくりっとね。奥さんもお好きでしょう? ――いたっ、な、何するんですか!?」
「今すぐ! 前世を忘れなさい! なんで、世間の同情を誘うような人じゃなかったのよ! 悲劇の少年! 転生の奇跡! テレビ! 出版! 講演かあああい!」
リビングには母親の絶叫と、泣きわめく子供の声が響き渡った。
ほどなくして、騒ぎを聞いた近所の住人が通報し、警官が駆けつけた。
逮捕された母親は、取り調べでこう語った。
自分は悪くない。前世が悪い、と。




