第1話 救えた命、救えなかった命
夕暮れの街に、サイレンの音が響いた。
廃ビルに立てこもった“黒環”の怪人による人質事件。
街は怯え、人々の祈りはただひとつに集まっていた。
――護聖隊を。
「状況確認。人質は三名、二階奥の部屋だな」
黒衣の剣士・ミナトは静かに言った。
その隣で、炎を纏う青年が拳を握る。
「行くぞ。救うんだ、全員――!」
赤炎の英雄、カイトが突き出した手の先で、空気が震えた。
仲間たちはそれぞれ頷く。
「私が先行する。空路から侵入する」
蒼翼の守護者、セラ。
「正面は任せとけ。盾でしっかり防ぐ」
黄金の巨盾、ゴウ。
「後方から支援。敵の動きは全部見てる」
翠刃の狙撃士、レイ。
五人の心が一つになると、世界の空気が変わった。
“ヒーローが来た”と、誰もが悟る。
ブレイヴフォースが駆け出した。
「くるなぁぁぁあ!!」
廃ビル内部で暴れ回る怪人は、角ばった異形の姿をしていた。
だが、その目に宿るのは憎悪ではなく――恐怖。
壁を貫き、カイトが飛び込む。
「人質を傷つけさせるか!」
炎の斬撃が床を走り、怪人が後退した。
その隙に、ミナトは影のような速度で人質に接近する。
「大丈夫、私はあなたたちを連れて行く。動かないで」
声は静かで、迷いがなく、優しい。
人質は涙を滲ませながら頷いた。
セラが砕けた窓から舞い降りる。
「怪人を押さえるわ!」
蒼翼が光を生み、怪人の動きを封じる。
ゴウの盾が怪人の突進を受け止め、レイが弱点を撃ち抜く。
――完璧な連携。
仲間たちはひとりの命も落とさず、全てを守るために戦っていた。
(みんな……強い。正しい。これが、俺たちの正義だ)
ミナトは胸の奥でそう思いながら、
人質を安全圏へと送り届けた。
だが――。
「……たすけて……くれ……」
怪人は、誰にも聞こえないほどの声でそう呟いた。
ミナトだけが、その声を聞いた。
「……え?」
怪人は暴走寸前。
このままでは爆発的なエネルギーが街を吹き飛ばす。
「カイト、やるしかない!」
「……ああ!」
カイトの焔が一閃し、怪人は光に呑まれた。
人々は歓声を上げる。
「ブレイヴフォースだ!」
「助かった……ヒーローだ……!」
それは確かに、救いの光景だった。
だが、ミナトの足元には黒い欠片が落ちていた。
怪人の体が霧散した後に残った“魂の残滓”。
(……何だ、これ……?)
手を伸ばした瞬間――視界が歪む。
――幻視。
ひとりの男が映る。
優しい眼差し。
家族に笑いかける姿。
次の瞬間、身体が異形へと変じていく恐怖。
理解されず、拒絶され、追われ、
そして誰にも届かない叫び。
『たすけて……』
怪人の最後の言葉。
(……怪人に……涙が……?)
幻が消えると、世界はまた静かになっていた。
「おいミナト、大丈夫か?」
カイトが肩に手を置く。
セラ、ゴウ、レイも心配そうに見つめていた。
「さっきの戦い……気にするな。あれは暴走していた」
「あなたが助けた人は、確かに存在する」
「責任を背負いすぎだ、お前は」
「……でも、その優しさは嫌いじゃない」
仲間は誰も、ミナトを責めない。
むしろ彼の優しさを肯定してくれる。
それなのに。
(……どうして俺だけ、胸の奥が痛む……?)
夜。
ミナトは一人で帰路を歩く。
(助けた命がある。でも……救えなかった命も、確かにあった)
風の中、かすかな声が響く。
『選ばれぬ者は……救う価値がないのか……?』
「……誰だ?」
振り向いても、誰もいない。
足元には黒く、奇妙な“輪”の欠片。
ミナトはそれを拾い上げ、静かに呟いた。
「……俺たちは……本当に“全て”を救えているのか……?」
夕焼けの名残が消え、
夜の闇が街を覆い始める。
ヒーローの心に生まれた、小さな影。
それはまだ細く、弱く、誰にも気づかれない。
だが確かに、世界は音もなく軋み始めていた。
――第1話 終わり。




