表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/99

98. 古代ルーン文字

 こんなもの……こんなもので、世界を……!


 レオンの拳が、ぎりりと音を立てるほど強く握りしめられる。全身を駆け巡るのは、恐怖ではない。底知れない怒りだった。この禍々しい繭の一つ一つが、罪なき人々の命を奪い、世界を灰燼に帰す凶器となる。そんな狂った未来を許すわけにはいかない。


「焼き払ってやるわ!」


 ルナが一歩前に踏み出し、杖を振りかざした。その緋色の瞳には、抑えきれない憤怒の炎が宿っている。既に杖の先端には、紅蓮の魔力が渦巻き始めていた。


「待て、ルナ!」


 レオンはとっさにルナの肩を掴み、制止した。


「えっ!? でも、こんなもの放っておいたら……!」


「分かってる。だが、とても全部は倒せない」


 レオンの声は、苦渋に満ちていた。冷静に、しかし確実に現実を告げる。


「倒せて数千体だ。だが、魔物の数は十万はいる。いや、それ以上かもしれない」


「だったら……! 少しでも削っておかないと、後で……!」


 ルナの声が震える。悔しさと焦燥が、その言葉に滲んでいた。


「そうなんだが、こんな閉鎖空間では自殺行為なんだ」


 レオンは、ルナの瞳をまっすぐに見つめた。翠色の瞳が、彼女の感情を受け止める。


「これだけの繭を焼けば、毒ガスも発生する。僕らも無事では済まない。ここで全滅したら、元も子もないんだ」


「そ、そうね……」


 ルナは唇を噛み、杖を下ろした。魔力の光が、消えていく。その小さな肩が、悔しさに震えているのが見えた。


「じゃあ、どうするの……? このまま、見逃せっていうの……?」


 エリナが横から進み出る。


「いや」


 レオンは、大聖堂の奥を見据えた。その瞳に、鋭い光が宿る。


「ここを管理している心臓部が、きっとある。この施設全体を制御している、中枢が。そこを叩けば、全てを止められるはずだ」


「……分かったわ」


 エリナも奥を見据える。


「急ぎましょう。一刻も早く!」「こんな魔物たち、早く何とかしないと……!」


 シエルとミーシャも叫んだ。その声には、抑えきれない焦燥と、強い決意が込められている。


 五人は、互いの顔を見合わせた。


 恐怖はある。この無数の繭が、もし今この瞬間に目覚めたら。この十万を超える魔物が、一斉に殻を破り、襲いかかってきたら。想像しただけで、足がすくみ、呼吸が浅くなる。


 けれど――。


 だからこそ、止めなければならない。


 ここで怯んでいる暇はない。恐怖に飲まれている時間はない。


 五人は、息を殺し、脈打つ繭の森へと足を踏み入れた。


 足音を立てないように、つま先で石床を踏みしめる。繭に触れないように、体を捻り、隙間を縫うように進む。慎重に、けれど可能な限り素早く。


 ドクン……ドクン……ドクン……。


 周囲の繭が、規則正しく、けれど不気味に脈打ち続ける。


 その音が、五人の心臓の鼓動と重なり、まるで狂った交響曲のように響いた。生命と死。希望と絶望。それらが複雑に絡み合い、耳を劈くほどの不協和音を奏でる。


 繭の間を抜ける。


 一歩、また一歩。


 やがて、大聖堂の最奥に――巨大な扉が、姿を現した。


 黒光りする鋼鉄の扉。その表面には、無数の古代ルーン文字が刻まれ、禍々しい光を放っている。三日月を喰らう鷲の紋章が、扉の中央で不気味に脈動していた。


 その扉の向こうに、全ての答えがある。


 五人は、扉の前で立ち止まった。


 誰も、言葉を発さない。


 ただ、深く、深く、息を吸い込む。


 震える手を、握りしめる。


 恐怖を、覚悟に変える。


 そして――。


 レオンが、扉に手をかけた。


 冷たい鋼鉄の感触が、掌に伝わる。


 そして、扉を――押し開いた。



      ◇



「……行こう」


 レオンの静かな声が、重苦しい空気を切り裂く。


 扉の向こうには、下へと続く螺旋階段があった。石段は古く、踏みしめるたびに不安げな軋み音を立てる。壁には無数の古代ルーン文字が刻まれており、それらが仄暗く、青白い燐光を放っていた。


 一歩、また一歩。


 五人は警戒しながら、ゆっくりと階段を降りていく。足音が石壁に反響し、不気味な残響となって闇の奥へと吸い込まれていった。


 空気が、降りるたびに重くなる。冷たく湿った闇が肌に纏わりつき、呼吸するたびに肺が凍りつくような感覚に襲われる。


「なんか……嫌な感じがするわね」


 ルナが小さく呟く。その声には、普段の強気さはなく、僅かな震えが混じっていた。


「ええ……何かが、私たちを待っているような」


 シエルも同意するように頷く。弓を構える手に、緊張が滲んでいた。


 エリナは無言のまま剣の柄に手を添え、周囲を警戒している。その黒曜石の瞳が、僅かな異変も見逃すまいと鋭く光っていた。


 ミーシャは、いつもの柔らかな微笑みを浮かべているが、その笑みの奥に潜む不安を、レオンは見逃さなかった。


 その時だった。


 ヴゥゥゥゥゥン――!


 突如、壁に刻まれた古代ルーン文字が一斉に脈動し、禍々しい紅蓮の光を放ち始めた。まるで血管に血液が逆流するように、文字から文字へと光が伝播していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ