97. 底なしの悪意
五人が、身構える。
「そこだ! 曲がり角!」
レオンが、鋭く叫んだ。
その瞬間――。
「させない!」
ルナが、即座に反応した。
両手を前に突き出し、魔力を集中させる。深紅の魔力が彼女の周囲に渦を巻き、形を成していった。
「ファイヤースピアー!!」
ルナの叫びと共に――巨大な炎の槍がすっ飛んでいく。
それは、三メートルはある巨大な槍。純粋な炎でできており、槍先は白熱し、周囲の空気が歪むほどの熱を放っている。
ゴオオオッ!
炎の槍が、轟音を立てて回廊を駆け抜け、一気に曲がり角を回り込んでいった――――。
ズドォォォンッ!!
凄まじい爆発が、回廊を満たし、赤い炎が吹き出して天井まで届く。衝撃波が吹き荒れ、熱風が一行の顔を撫で、目を細めさせる。
グギャァァ!!
狂信者たちは、吹き飛ばされた。炎に包まれ、壁に叩きつけられ、地面に転がる。
やがて、煙が晴れると――黒焦げになって倒れていた。もう、動かない。
「やった……!」
ルナが、小さくガッツポーズをする。
「ナイス! ルナ!」
レオンが、満面の笑みで両手を高く上げた。
「えへへっ!」
ルナが、ニヤッと笑い、小さな体で、ぴょんっ! と高く飛び上がる。
パァン!
空中で、レオンの手のひらとルナの小さな手のひらからいい音が響いた。
ハイタッチ。
それは、絆の証だった。
◇
この後も、狂信者たちによる攻撃が続いた。
回廊の曲がり角、部屋の入り口、至る所に狂信者たちが待ち構えていた。不協和音の歌を歌いながら、執拗に攻撃を仕掛けてくる。
けれど、アルカナは動じなかった。
もう、恐怖はない。戸惑いもない。ただ、戦うべき敵がいて、それを倒すだけ。
「左から三体! ミーシャ、シエル!」
レオンが、的確に指示を出す。
「わかりました」「了解です!」
ミーシャが敵の足元に沼を作り、身動きできなくしたところでシエルが矢を放つ。狂信者たちに着弾し、吹き飛ばした。
「右からも来るぞ! ルナ!」
「任せて! フレイムバースト!」
ルナが、火球を放ち、狂信者たちを焼き払う。
「前方、エリナ!」
「了解!」
エリナが、剣を構えて突進する。瞬足で接近し、一閃。狂信者が倒れる。
完璧な連携。
お互いの弱点を補い、強みを活かし、支え合う。それが、アルカナの強さだった。
戦いながら、奥へ、奥へと進んでいく。
◇
「こっちに、何かありますわ……」
ミーシャが、ふと立ち止まり、回廊の脇に続く通路を指さした。
その通路は、他の場所よりもさらに暗く、冷たい空気が流れ出している。そして、奥から何か、不気味な音が聞こえてきた。
ドクン……ドクン……。
まるで、巨大な心臓が脈打つような音。
「……行ってみよう」
レオンはその不気味さに顔をしかめ――覚悟を決めるように言った。
◇
五人は、その通路へと足を踏み入れた。
通路は、下へ、下へと続いている。階段を降り、さらに降り。どこまで続くのか分からない。空気が、どんどん重くなっていく。息苦しい。圧迫感がある。
やがて、一行がたどり着いたのは――。
人の手によるものとは思えない、巨大な地下大聖堂だった。
「なっ……!」
五人が、息を呑んだ。
その光景は、悪夢そのものだった。
天井は、目視できないほど高く闇に沈んでいる。
そして、その闇から――無数の大きな赤黒い繭が、吊り下げられていた。
百個、千個どころじゃない。数え切れないほどの、無数の繭。それらが、まるで鍾乳洞の鍾乳石のように、びっしりと天井から垂れ下がっている。
その一つ一つが、人間の体ほどの大きさ。いや、それ以上に大きいものもある。
そして――。
ドクン……ドクン……ドクン……
その繭が、まるで巨大な心臓のように、不気味に脈打っている。
リズムは不規則で、けれど確実に生きている。
繭は半透明で、中には――異形の魔物が眠っているのが見えた。
ゴブリン、オーク、ワーウルフ、そして見たこともない奇怪な生物。それらが、胎児のように丸まって、繭の中で眠っている。
「な、なに……これ……」
ルナが、震える声で呟く。その顔は、恐怖で蒼白になっている。
「これは……大変だ……」
レオンが慌てて大聖堂全体を見渡した。
その数は――。
一目で、万を超えている。
いや、万では足りない。大聖堂の奥は、深淵のような闇に沈んでおり、そこにもまだ無数の繭が続いているようだった。
十万。いや、それ以上。
繭と天井は、まるで血管のように太い管で繋がれていた。その管の中を、赤黒い液体が流れているのが見える。脈打つたびに、液体が流れ、繭に栄養を送っているのだ。
施設全体が、一つの巨大な生命体であるかのように蠢いていた。
「……なんてこと……」
レオンの声が、戦慄に震える。
「これが……奴らの魔物プラント……」
その言葉が、重く響く。
これが、スタンピードを生み出す正体。無数の魔物が、ここで生み出され、育てられ、そして解き放たれる。王都を、いや、世界を滅ぼすために。
アルカナの五人はその底なしの悪意にしばし言葉を失っていた。




