95. 死の宝石の雨
「――来るぞ! ミーシャ!」
レオンの叫びが、森に響き渡った。
その瞬間――空がきらめく。
アルカナ目掛けて水晶のような無数の棘が、「豪雨」のように降り注いできたのだ。
それは恐ろしく、そして同時に美しかった。キラキラと光を反射しながら落下してくる無数の棘。まるで、死の宝石の雨。数百、いや数千という棘が一気に降り注ぐ。
「ホーリーシールド!!」
ミーシャの叫びと共に、眩い光が五人を包んだ。
彼女のロッドから放たれた神聖な魔力が、傘状の障壁となって五人を守る。透明な、けれど強固な光の盾。それは聖なる力で編まれた、最強の防御魔法――――。
ガガガガガガガッ!!
凄まじい轟音が、世界を満たした。
数千の水晶の棘が、嵐のように容赦なく、光の障壁に叩きつけられる。途切れることなく、まるで機関銃のように。
「きゃぁぁぁ!」「ひぃぃぃ!」
ルナとシエルが、思わず悲鳴を上げた。
そのあまりの威力に、みんな圧倒される。障壁の中にいても伝わってくる、凄まじい衝撃。耳をつんざく轟音。止まらない攻撃。
障壁が、激しく揺れる。
パキッ。
小さく、けれど明確な音がした。
小さなひびが入った。障壁の表面に、糸のような細い亀裂が走る。
パキパキパキッ。
ひびが広がっていく。一本が二本に、二本が四本に。蜘蛛の巣のようにシールド全体に――。
「くっ……!」
ミーシャが、歯を食いしばった。
額に汗が浮かび、全身が震える。ロッドを握る手が、白熱するほど眩く輝き出す。膨大な魔力を、さらに、さらに注ぎ込む。全身の魔力を絞り出すように。
けれど、攻撃は止まらない。
ガガガガガッ!
まだまだ降り注ぐ。終わりが見えない。
「もう……限界……!」
ミーシャの声が、苦しげに絞り出される。
シールドは今にも砕け散りそうにきしんでいた。
レオンが叫ぶ。
「シエル! これで奴らを爆破してくれ!」
リュックから特別な矢を取り出し、シエルに手渡した。
「え……? こ、これは……?」
シエルが、驚いた表情で矢を見つめる。その矢尻には、赤く輝く魔法の結晶が取り付けられている。まるで宝石のように美しく、けれど危険な光を放っている。
「爆裂魔法の結晶の矢だ。当たれば大爆発を起こす」
レオンの声は、切迫していた。手の内はなるべく明かしたくないが出し惜しんでる場合でもない。
「こ、こんな物が……どこで……」
「ギルドマスターから貰ったんだ。いいから、お願い! 今すぐに!」
「わ、わかった! 任せて!」
シエルは、震える手で矢を弓につがえた。
そして、狂信者たちの上空に狙いを定める。水晶の棘が降り注ぐ中、その隙間を縫うように。呼吸を整え、集中していった。心臓が激しく鼓動している。けれど、手は震えない。長年の訓練が、体に染み付いている――――。
ヒュンッ!
矢が、美しい弧を描いて飛んでいく。
棘の攻撃を大きく避けながら、まるで意志を持つかのように軌道を変え、狂信者たちへと吸い込まれていった――――。
ズン!と激しい爆発が遺跡を揺らす。
赤い炎が、狂信者たちを飲み込み、衝撃波が広がり、石柱を揺らし、地面を震わせる。
水晶の棘を生み出していた「歌」が、途切れた――。
空中に残っていた棘も、力を失って地面に落ち、パリパリと音を立てて砕け散る。
「はぁ……はぁ……」
ミーシャが、膝をつきそうになる。障壁を解除し、ロッドにすがりつく。
「ミーシャ!」
レオンが、慌てて支える。
「はぁ、もう……勘弁してほしいですわ……」
ミーシャが、弱々しく笑う。
爆発の煙が、ゆっくりと晴れていく――――。
狂信者たちは、吹き飛ばされていた。ボロボロの法衣が焼け焦げ、体中に傷を負っている。普通の人間なら、確実に即死していただろう。あれだけの爆発に耐えられるはずがない。
しかし――。
彼らは、死ななかった。
ズル……ズル……。
不気味な音を立てながら、まるでゾンビのように、体を引きずって立ち上がってくる。
焼けただれた皮膚。折れ曲がった骨。けれど、その真紅の瞳には、まだ狂気の光が宿っている。まるで、痛みを感じていないかのように。いや、痛みという概念すら、もう持っていないのかもしれない。もう人間ではないのだ。ただ、命令に従うだけの、生きた屍。
「「「アアアアア……」」」
再び空間が歪み始める。
「させないわ!」
すでに駆け出していたエリナが、叫んだ。
瞬足を全開にし、風のように駆けていく――。
一瞬で、狂信者たちの目の前に迫り、剣を抜く。
剣がギラリと輝き、その刃に闘気が宿る。
一閃。
二閃。
三閃――。
剣の軌跡が、銀色の光の線となって空間に残る。それは美しく、芸術的で、そして――死を呼ぶ、完璧な太刀筋だった。




