94. おぞましき狂信者
「これで……これで、ギルバートさんたちも、何とかなるかもしれない……!」
あの水晶の蜘蛛も、これで深刻なダメージを受けただろう。いや、もしかしたらもう消滅してるかもしれない。
「【未来視】だって完璧じゃなかったわね! ふふっ!」
エリナが、嬉しそうに笑った。
その笑顔は、久しぶりに見る、明るく輝く笑顔だった。さっきまでの恐怖と絶望に満ちた表情は消え、希望と自信が戻ってきている。
「そうよ! 敵だって、全てを見通せるわけじゃない! 行ける! 行けるわ!」
ミーシャも、希望に満ちた声で、ロッドを力強く握り締めた。
「このまま一気に、ボスをぶっ飛ばしちゃおー!」
ルナが、上機嫌に拳を高く突き上げる。
「きっと勝って見せるから……必ず、帰るから……」
シエルが、遠くの戦場がある方角に向かって、静かに、けれど力強くつぶやいた。
その言葉には、父への想い、ギルバートへの想い、そして全ての仲間への想いが込められている。
五人の心に、希望の炎が灯った。
まだ戦いは終わっていない。強い敵も待ち構えているだろう。危険も、困難も、まだまだ続く。
けれど――。
【未来視】の裏をかけた。それだけで十分だった。
敵は完璧ではない。その事実が、五人に大いなる希望をもたらしていた。
「さあ、最後の戦いだ! 勝つぞ!」
レオンが、みんなを見回す。エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル。大切な仲間たち。一緒に戦ってきた家族。
四人も、レオンを見つめ返す。
言葉はいらない。
五人は、顔を見合わせて、力強く頷き合った。
その目には、同じ想いが宿っている。
絶対に勝つ。絶対に生きて帰る。そして、世界を救う。
五人は、遺跡へと続く道を見据えた。
最終決戦が、始まろうとしていた。
◇
遺跡へと近づいていくと――――。
崖の中腹に開いた遺跡内部への通路から次々と人影が現れる。
彼らは、古代の神官のようなボロボロの法衣を纏っていた。かつては白かったであろうその法衣は、今は汚れと血で茶色く変色し、ほつれた糸が風に揺れている。
その顔を見て五人は凍り付いた――。
まるで生き血を吸ったかのように、赤く腫れ上がっている。皮膚は異常に膨らみ、血管が浮き出ている。そして、その瞳は――憎悪と狂信に満ちた、真紅に輝いていた。人間の目ではない。何か、別の存在の目。
そして、その首筋、こめかみ、手の甲には――あの「核」が埋め込まれている。ゴブリンロードに寄生していた、あの黒い核。けれど、それは完全に肉体と融合し、脈打ち、生きている。
これは、寄生体の完成形。
彼らは、無理やり寄生されたのではない。自ら進んで「寄生体」を受け入れた、闇組織の狂信者たちだった。
「何という……」
レオンは、息を呑んだ。全身から、冷や汗が噴き出す。
闇組織が出してきたのは自分の「命」そのものを冒涜する、おぞましい狂信者たち。
「あ……ああ……」
ミーシャが、後ずさりした。その顔は蒼白で、ロッドを握る手が震えている。
「「「アアアアア……」」」
三体の「番人」が、声にならない不協和音の「歌」を歌い始めた。
それは、歌というより、悲鳴に近い。いや、呪いに近い。高音と低音が不規則に混ざり合い、耳をつんざく不協和音。聞いているだけで、頭が痛くなり、吐き気がする。
けれど、それだけではなかった。
その「歌」には、不思議な力が込められていた。
パキッ。パキパキパキッ。
彼らの周囲の空間が、その音波に共鳴し始めた。まるでガラスにヒビが入るかのように、空間が割れていく。目には見えないはずの空間が、物理的に砕けていく。
そして、そのかけらが――水晶のような『棘』となって、次々と宙に浮かんでいく。鋭く尖った、透明な棘。それは空中に静止し、まるで意志を持つかのように、五人の方を向く。
数十本。数百本。いや、それ以上。次々と空間を埋め尽くしていく無数の棘――――。
「まずい……!」
レオンが、叫んだ。
戦いは、もう始まっていた。
「――来るぞ! ミーシャ!」
レオンの叫びが、森に響き渡った。
アルカナ目掛けて、水晶のような無数の棘が、「豪雨」のように降り注いできた。
それは恐ろしく、そして同時に美しかった。キラキラと光を反射しながら吹っ飛んでくる無数の棘。まるで、死の宝石の雨だった。
「ホーリーシールド!!」
ミーシャの叫びと共に、眩い光が五人を包んだ。
彼女のロッドから放たれた神聖な魔力が、盾状の障壁となって五人を守る。透明な、けれど強固な光の盾。それは聖なる力で編まれた、最強の防御魔法。
ガガガガガガガッ!!
凄まじい轟音が、辺りを満たした。
数千の水晶の棘が嵐のように、容赦なく、光の障壁に叩きつけられる。途切れることなく、まるで機関銃のように。
障壁が、激しく揺れる――――。




