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93. 降り注ぐ星々

 レオンも立ち上がり、周囲を見渡した。


 そこは、深い森の中だった。


 巨大な樹木が天を覆い、濃い緑の天蓋を作っている。その隙間から、金色の木漏れ日が降り注ぎ、地面に美しい光の模様を描いていた。


 ふと顔を上げると――。


 木々の向こうに、断崖絶壁が見えた。


 そして、その崖の上、高台には――ギリシャの遺跡のような壊れた神殿の柱が並んでいる。


 白い大理石でできた巨大な柱が、何本も天を突くように立っている。かつては壮麗だったであろうその神殿は、今は崩れ落ち、欠け、苔むしている。時の流れを感じさせる、古代の遺跡。


 けれど、その美しさの裏には――何か、おぞましいものが潜んでいる。


 神聖であるべき場所が、今は邪悪な何かに侵されている。そんな不吉な雰囲気が、その遺跡から濃密に漂ってくる。まるで、見えない瘴気が立ち上っているかのように。


 その時――。


「あ、あれ……!」


 一足先に遺跡の方へと進んでいたシエルが、突然立ち止まり、空を指さした。その声は、驚きと恐怖が混じっている。


「な、なんかあるわ! あそこ!!」


「え?」「な、何!?」


 レオンたちは、慌ててシエルの元へと駆け寄った。そして、彼女が指さす方向を見上げ――。


 唖然とした。


 そこには――青白い輝きを放つ、巨大な球体が浮かんでいた。


 それは、まるで気球のように、神殿の遺跡の上空に静止している。大きさは、建物ほど。その表面からは、神秘的な青白い光が生きているかのように脈動しながら明滅している。


 そして、その球体から――一本の光線が放たれていた。


 細く、鋭く、眩い光の線。それは、はるか遠く、地平線の彼方へと伸びている――戦場の方向へと。


「あれが……!」


 ミーシャが、息を呑んだ。その目は、驚愕に見開かれている。


「あれが、水晶蜘蛛の正体かもしれません!」


 その言葉に、レオンの脳裏に全てが繋がった。


(そうか……あの蜘蛛はここから遠隔で実体化されていた……だから、本質的なダメージを受けていなかったんだ!)


「ようし! 吹っ飛ばしてやる!!」


 ルナが、目を輝かせた。


 次の瞬間――ルナの全身から、深紅の魔力が爆発的に溢れ出す。


 ゴオオオオッ!


 その魔力は、まるで炎のように空気を揺らし、熱波となって周囲に広がる。草が焦げ、木の葉が乾く。地面が、魔力の圧力で震える。


 そして、ブン!と腕を振り上げるルナ――――。


 魔力が吹き上がり、真紅の竜巻を巻きながら形を成していく。


 巨大な、炎の龍――――。


 全長数十メートルはあろうかという、赤く燃え盛る龍が、ルナの上空に浮かび上がった。その体は純粋な炎でできており、鱗の一つ一つが輝いている。牙は白熱し、瞳は金色に輝いていた。


 それは、ルナの最大魔法。全ての魔力を込めた、究極の一撃。


「いっけええええ!!」


 ルナの叫びと共に炎龍が、咆哮した。


 グガァァァァァァッ!!


 その咆哮は、空気を震わせ、大地を揺らす。その圧倒的な存在感にアルカナのメンバーですら後ずさりしてしまう。


 炎龍が、灼熱を放ちながら空を舞い青白く輝く球体へと、一直線に突進していった。


 その軌跡には燃え盛る炎の尾が残る。まるで、天を駆ける赤い彗星のように――。


 刹那――――。


 ズゴォォォォンッ!!


 世界が、白く染まった。


 凄まじい爆発が、空を引き裂く。青白い光と深紅の炎が激しく混ざり合い、紫色の閃光となって四方八方に散った。それは美しく、そして恐ろしい圧倒的な光景。


 衝撃波が、一瞬遅れて地上に到達した。


 猛烈な衝撃で木々が激しく揺れ、葉が舞い散る。耳をつんざくような轟音が、森全体を震わせ、大地に響き渡った。


「おわぁ!」「きゃぁっ!」


 想像以上の衝撃に、五人は思わず顔をそむけた。


 その衝撃波が過ぎ去った後――ゆっくりと、五人が顔を上げる。


 青く輝いていた球体は、粉々に砕け散っていた。


 キラキラと輝く無数の破片が、まるで星屑のように、まるで宝石の雨のように、空からゆっくりと降り注いでくる。


 それは幻想的な光景だった。


 青白く光る破片が、太陽の光を受けて虹色に輝く。まるで、夜空に輝く星々が地上に降りてくるかのよう。美しく、儚く、神秘的。


 その破片は地面に落ちる前に、一つ、また一つと消滅していく。サラサラと、まるで砂が崩れるような優しい音を立てながら、光の粒子となって大気に溶けていく。


 やがて、最後の一つが消える――――。


 静寂が、戻ってきた。


 風が穏やかに吹き、木々の葉が優しく揺れている。


 球体は、完全に消滅した。


 あの不気味な青白い光も、戦場へと伸びていた光線も、もう見えない。


「やった……!」


 レオンが、ぐっと拳を握りしめた。


 その顔には、喜びと安堵が浮かんでいる。目には、涙が滲んでいる。希望の涙だった。



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