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92. 雲の上を漂う

 外では、ギルバートが馬車を見つめていた。


 馬車が眩い光に包まれるのが見えた。その光は、どんどん強くなり、まるで小さな太陽のように輝いている。


 彼は全てを悟った。


(そうか……我らは、『陽動』だったのか……)


 けれど、その顔に後悔の色はない。


(だが、それでいい……! シエル様を、そして『アルカナ』を、敵の本拠地へ送り込めるなら……!)


 ギルバートは、振り上げられたアラクネの脚を見据えた。そして、自らの剣を天高く掲げる。その剣が、朝日を反射して輝く。


「シエル様ぁぁぁぁぁっ!」


 その絶叫は、戦場全体に響き渡った。主君への忠誠。守るべき者への想い。そして、託す者への祈り。全てが込められた、魂の叫び。


「行けぇぇぇぇ!! 世界を……救ってくれぇぇぇ!!」


 その瞬間――。


 アラクネの水晶の脚が、馬車に振り下ろされる――――。


 同時に閃光がほとばしった。


 辺り一帯を包む、眩い光。それは太陽よりも明るく、全てを白く染め上げる。


 光の中で、五人の姿が消えていく。まるで、世界から消去されるかのように。


 アラクネの脚が、馬車を貫いた。けれど、そこにはもう誰もいない。馬車は粉々に砕け散り、その破片が宙を舞う――――。


 ヴァレリウスがゴロゴロと転がった。


 ローブはボロボロになり、杖は砕け、体中から血を流している。けれどその顔には、満足げな笑みが浮かんでいる。


「ふふ……成功じゃ……」


 その声は、か細い。


「さて……老いぼれの最後の仕事と行くかのう……」


 ヴァレリウスは懐から取り出したポーションを一気に飲み干すと、両手を広げた。その体から、魔力が溢れ出す。


「……久々に使うわい……。老骨には堪えるわ……大魔法【空間圧壊ディメンション・コラプス】!!」


 辺り一帯に青白い光のリングがスパークを上げながらほとばしった――――。



       ◇



 一方、五人は光の中にいた――――。


 純白の、眩い光。それは全てを包み込み、全てを溶かし、全てを無にするかのような、圧倒的な輝き。


 何も見えない。何も聞こえない。自分の体すら感じられない。ただ、浮遊感だけがある。まるで、雲の上を漂っているかのような、不思議な感覚。重力がない。上も下もない。ただ、光だけがある。


 時間の感覚もない。一瞬なのか、永遠なのか、分からない。あるいは、時間という概念そのものが、ここには存在しないのかもしれない。


 意識だけが、光の中を漂っている。


 けれど、怖くはなかった。不思議と、安心感がある。温かい。優しい。まるで、母親の胎内にいるかのような――――。


 突然、光が消えた。


 ゴシャッ!!


 凄まじい衝撃と共に、五人の体は現実空間に叩きつけられた。


 まるで、天から地へと投げ落とされたかのような感覚。内臓が浮き上がり、頭がガンガンと響く。視界が激しく回転し、上下の感覚が完全に失われる。


「ぐっ……!」「きゃあっ!」「うわっ!」


 五人が、地面に激しく倒れ込んだ。


 草の匂い。湿った土の感触。体中を走る鈍痛。けれど――生きている。


 転送は、成功したのだ。


「……っぐ…! みんな……無事か……?」


 レオンが、震える手で地面を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。めまいがする。吐き気がする。世界がぐるぐると回っている。けれど、意識ははっきりしている。必死に周囲を見回す。


「う、うん……なんとか……」


 エリナが、呻きながら起き上がる。


「痛い……けど、大丈夫……」


 ルナも、頭を押さえながら立ち上がった。


「私も……無事です……」


 シエルが、ゆっくりと体を起こす。


「な、なんとか……生きてるわ……」


 ミーシャも、ロッドにすがりながら立ち上がる。


 全員、無事だ。


(ヴァレリウス先生は……!?)


 レオンは、はっと気づいて慌てて周囲を見渡した。


 エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル。四人の姿は確認できる。けれど、大導師の姿はどこにもない。


(そうか……転送魔法を発動した後、先生は……)


 レオンの胸が、ギュッと締め付けられる。


 あの巨大な水晶の蜘蛛。溢れ出す魔物たちの大群。崩壊する陣形。傷ついていく仲間たち。その地獄のような戦場に、老いた魔術師が一人で残ったのだ。価値ある『陽動』を続けるために――――。


(先生……どうか、無事で……どうか……)


 拳を握りしめ、目を閉じ、ただ祈る。


「ここが……【月骸の聖壇ムーンレス・レクイエム】……敵の本拠地……?」


 エリナが、ゆっくりと立ち上がった。体についた草と土を払い、周囲を警戒しながら見回す。その声は、緊張で震えていた。


 さっきまでいた戦場の喧騒は、まるで別世界のことのように消えている。剣がぶつかり合う金属音も、魔法が炸裂する轟音も、悲鳴も怒号も、馬のいななきも、何も聞こえない。


 ただ、静寂があるだけだった。


 風が草を優しく揺らし、遠くで小鳥がさえずる声。それらが、穏やかに、静かに響いている。


 あまりにも平和だ。あまりにも静かだ。さっきまでの地獄のような光景とのギャップが、現実感を失わせる。




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