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90. 降りてくる死の影

「何も言ってこないということは……きっと、何か策があるはずだ。俺たちが知らない、何か大きな策が……必ずある……」


 その言葉は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。信じたい。信じなければ、心が折れてしまう――――。


 レオンはふぅと大きく息をつく。


「今は……みんなを信じよう。戦っている仲間たちを。命をかけて戦ってくれている人たちを」


 一人一人の目をしっかりと見つめながら言った。エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル。


「最後に勝つのは僕たちだ。僕がみんなに初めて会った時に見た【栄光の未来】は必ずある! まだ慌てる時間じゃない!」


 その言葉に、四人の目に少しだけ光が戻った。闇の中に、小さな希望の光が灯る。


「……うん」


 エリナが、涙を拭いながら小さく頷いた。


「信じる……わ。みんなを……レオンを」


 ミーシャも、杖を握り直す。震えていた手に、少しずつ力が戻ってくる。


「レオンがそう言うなら……私も信じます」


 シエルが、弓を抱きしめる。その目に、強さが戻ってくる。


「あたしも……信じる。絶対、勝つんだから」


 ルナが、小さく拳を握る。


 まだ不安は消えない。恐怖も残っている。状況は、何も変わっていない。けれど、レオンの言葉が、少しだけ心を支えてくれる。沈みかけた心を、かろうじて繋ぎ止めてくれていた――。



       ◇



 連合軍は、多大な犠牲を出しながらも、なんとか体勢を立て直しつつあった。


 さすがは歴戦の猛者たちである。初めて遭遇する空間攻撃に当初は翻弄されたものの、徐々に対応策を見出し始めている。空間の歪みが発生する直前の微細な魔力の揺らぎを読み取り、攻撃のタイミングをずらし、陣形を流動的に変化させる。


「空間の歪みを感じたら、即座に散開しろ!」


 ベテランの冒険者が叫ぶ。


「魔法は利用されないように隙を見て撃て!」


 魔術師たちが、戦術を修正する。


 けれど、敵も容赦ない。空間の裂け目から溢れ出す魔物たちの数は、まるで尽きることを知らない。ゴブリン、ワーウルフ、スケルトン。倒しても倒しても、次から次へと現れる。まるで、無限に湧き出る悪夢のように。


 じり貧だった――。


 時間が経てば経つほど、連合軍の消耗は激しくなっていく。体力も、魔力も、武器の耐久力も。そして何より、精神力が削られていく。


「くそっ……いつまで続くんだ……!」


 疲労で息を切らせた騎士が、膝をつきそうになる。


「諦めるな! まだ戦える!」


 仲間が肩を貸し、立ち上がらせる。


 そんな必死の抵抗の中――。


 アラクネ・ファンタズマが、連合軍を蹂躙しながら、ゆっくりと、けれど確実に、アルカナの馬車へと進んでくる。


 その動きは緩慢で、まるで時間を気にしていないかのよう。けれど、その一歩一歩が着実に距離を詰めてくる。


 水晶の脚が地面を踏むたびに――。


 パリン!


 まるでガラスが砕け散るかのような、鋭く不気味な音が響く。


 パリン! パリン!


 その音が、規則正しく、リズミカルに響く。まるで、死神が刻む時計の針の音のように。処刑台へと向かう囚人に聞こえる、最後のカウントダウンのように。


 もう、目の前に迫っていた――――。


 周囲では、騎士たちと冒険者たちが血を流しながらも必死に抵抗していた。アラクネの進路を塞ぎ、攻撃を加え、少しでも時間を稼ごうとする。


「させるか! この化け物め!」


 一人の屈強な騎士が、雄叫びを上げながらアラクネの脚に斬りかかった。鍛え抜かれた筋肉と、磨き上げられた剣技。その一撃は、岩をも砕くほどの威力だった。


 ガキィンッ!


 剣が、水晶の脚に当たる。火花が散る。けれど――弾かれる。傷一つつかない。まるで、鋼鉄の壁を斬りつけたかのよう。


 その瞬間、騎士の周囲の空間が歪んだ。


「うわっ!?」


 騎士の体が、突然消失する。そして次の瞬間――。


「ぐあっ!」


 後方にテレポートさせられ、味方の陣形に叩きつけられた。重い鎧を着た体が、仲間に激突する。


「ギャアア!」


 連鎖的に、複数の兵士が倒れる。また一人、また一人と、戦線から離脱していく。


 他の兵士たちも、剣を振るい、魔法を放ち、矢を射る。必死に、必死に攻撃を加える。けれどその攻撃は、なかなか通らない。空間の歪みに吸い込まれるか、反射されるか。決定打には、まったくつながらない。


 アラクネは、その全てを意に介していない。まるで、蟻の攻撃を気にしない象のように、ただ馬車へと進み続ける。


 その複眼が、冷たく光っている。無数の目が、馬車を捉えている。まるで、獲物を見つけた捕食者のように。餌を前にした、飢えた獣のように――――。


 十メートル。五メートル。


 アラクネの巨大な影が、馬車全体を覆い始める。陽の光が遮られ、馬車の中が急速に暗くなっていく。それは死の影が降りてきたかのようにすら見えた。


 馬車の中、五人は身を寄せ合い、息を呑む。


 窓から見える光景は、絶望そのものだった。傷つき、倒れていく仲間たち。それでも必死に立ち上がり、戦い続ける姿。けれど、まったく効果がない攻撃。そして、確実に、着実に、容赦なく迫ってくる死の化身――――。




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