9. アルカナという意志
その時――。
ミーシャが優雅に手を口元に当てた。
「それなら、『アルカナ』はいかがでしょう?」
聖女の微笑み。だが今日のそれは、仮面ではない。
「へ?」「アルカナ?」「ほう……」
皆が一斉に振り返る。
「古い言葉で『秘密』『神秘』という意味ですわ」
ミーシャが金髪を優雅にかき上げる。
「タロットでは、運命のカードとも呼ばれています」
空色の瞳が、神秘的な光を宿す。
「まだ誰も知らない、私たちの本当の力……」
ミーシャはエリナを見る。
「隠された才能……」
ルナを見る。
「秘められた可能性……」
シエルを見る。
「そして何より――」
レオンを見つめる。
「自分の運命を、自分の手でめくっていく――まさに、私たちにぴったりではありませんこと? ふふっ」
ミーシャは自信を映す微笑みを見せた。
シエルの碧眼が、子供のように輝く――。
「アルカナ……運命のカード……」
ルナが両手を胸の前で組む。まるで祈るように――。
「願うんじゃなくて、掴むための名前……」
エリナが、しみじみと呟く――。
「『四つ葉のクローバー』は、もう卒業なのね……」
少し寂しそうだが、その瞳には新たな決意が宿っていた。
「いいね! どう?」
レオンが皆を見回す。
四人が、それぞれに頷いた。力強く、確かに――――。
「よし!」
レオンがこぶしをグッと握った。
「僕らは『アルカナ』だ! 輝く未来を、この手で勝ち取ろう!」
「やったぁ!」「いい響きね」「決まりっ!」
「ふふっ、良かった……」
ミーシャが本心から微笑む。
五人は顔を見合わせ、そして同時に楽しそうに笑い出した。
明るい、希望に満ちた笑い声が店内に響く。
『四つ葉のクローバー』という願いは、『アルカナ』という意志へと昇華したのだ。
その瞬間、レオンの視界に文字が浮かんだ。
【スキルメッセージ:運命のカードが切られた】
【新たな物語が始まる】
◇
店を出た一行――――。
「さて、次は各自装備の一新だ!」
レオンの宣言に、ルナは反射的に金貨の包みをキュッと抱きしめた。温もりすら感じる重さ――初めて手にした、本物の成功の証。
「嫌よ! せっかく手にした大金なのに!」
頬を膨らませる姿は、宝物を取り上げられそうな子供のよう。
エリナも黒曜石のような瞳を潤ませながら、小さな拳をぎゅっと握る。
「こ、このお金……全部使えっていうの……?」
震え声には、今まで味わってきた貧困への恐怖が滲んでいた。
レオンは優しくため息をつき、二人の顔を交互に覗き込む。その翠の瞳に、温かな光が宿っていた。
「キミたちは成功したくないのか?」
「そ、それは……」「……」
二人の少女は唇を噛んで俯く。答えは分かっているのに、過去の恐怖が邪魔をする。
シエルも碧眼を曇らせて呟いた。
「でも、全部は……」
「成長したくない、いつまでも底辺でいいなら好きに使えばいい」
レオンの声は厳しくも、その奥に確信が満ちていた。
「でも、少しでも早く栄光をつかみたいなら――ここは悩むところじゃないぞ? ね?」
しかし、三人はうつむいたままだ。
沈黙が流れる中、ミーシャが優雅にくすりと笑った。
「私は買える一番高いホーリーロッドを買うわよ? ふふっ」
金髪を翻し、聖女の仮面の下で本物の期待に瞳を輝かせる。
「さすがだな……。金貨四十枚なんて、これからいくらでも稼げるんだ」
レオンが力強く断言する。
「『アルカナ』を信じてくれ」
その言葉に、何かが弾けた。
エリナ、ルナ、シエル――三人は顔を見合わせる。そして、エリナの黒い瞳に、初めて子供のような輝きが宿った。
「分かったわよ! パーッと行きましょ! パーッと!」
口を尖らせながらも、その声は弾んでいる。復讐に染まっていた少女が、初めて見せた年相応の表情。黒髪を翻して歩き出す背中は、まるで新しい冒険へ飛び出す雛鳥のよう。
「少し足りないくらいなら、いくらでも補填するから――」
「あら? いいの?」
ミーシャが悪戯っぽくレオンの顔を覗き込む。空色の瞳がきらりと光った。
「あ、も、もちろんあくまでも少しだぞ。こっちだって予算が……」
慌てるレオンを尻目に、ルナが突然叫んだ。
「じゃあ、早い者勝ちね? それーっ!」
赤髪を風になびかせ、小さな体で全力で駆け出す。その姿は、魔力暴走の恐怖なんて忘れたかのように軽やかだ。
「あ、ずるーい!」
シエルも銀髪を躍らせて追いかける。
「おいおい! 予算があるんだよぉぉ!」
レオンが慌てて追いかける。でも、その声は喜びに満ちていた。
夕日に赤く染まる石造りの街に、五人の笑い声が響き渡る。
路地裏で泣いていた少女たちが、希望に向かって駆け出す。その姿を見守る夕日は、まるで新しい物語の始まりを祝福するかのように、優しく輝いていた。
『アルカナ』の本当の冒険は、この瞬間から始まったのかもしれない。




