85. 最後の切り札
それは社会そのものへの宣戦布告だった。無謀で、無茶で、勝算など見えない戦い。けれど、それでも戦うと決めた者の、魂の叫び。
沈黙。
そして――。
「……いいね」
エリナが、カチャっと剣の柄に手をかけた。
「私も……ですわ」
ミーシャが、ロッドを握りしめる。
「あたしも! 絶対に許さない!」
ルナが、拳を掲げる。
「レオンのため、父様のためなら……どこまでも」
シエルが、弓をぎゅっと握る。
「蒼き獅子騎士団も、共に戦おう」
ギルバートが、力強く頷いた。
「老いぼれだが、知識なら提供できる」
エルウィン博士が、眼鏡を押し上げる。
「ギルドも、できる限りの支援をしよう」
ギルドマスターが、サムアップした。
全員の目が、不敵に輝く――。
それは、絶望の淵に立ちながらも、それでも戦うことを選んだ者たちの目。
長く、困難な戦いが始まる。
けれど、彼らは一人ではない。
仲間がいる。信じ合える仲間が。
その事実が、彼らに力を与えてくれる。
レオンは、仲間たちの顔を見回し、そして静かに頷いた。
「ありがとう……みなさん」
その声には感謝と――そしてもう引き返せない困難な道への覚悟が込められていた。
◇
夜が明けきらぬ、まだ蒼い光に包まれた時間――――。
空は深い藍色から徐々に薄紫へと変わり始め、東の地平線には淡い橙色の光が滲んでいる。星はまだ輝きを失っておらず、月も西の空に残っている神秘的な時間帯。
クーベルノーツの西門に、軍勢が集結していた。
門の前に広がる広場は、普段は商人たちの荷車や旅人で賑わう場所だ。けれど今朝、そこにいるのは戦士たちだった。鎧の擦れる音、武器がぶつかり合う音、馬のいななき、男たちの低い声。それらが混ざり合い、まるで嵐の前の静けさのような、緊張に満ちた空気を作り出している。
一つの軍勢は、朝日を浴びて鈍色の輝きを放つ騎士団だった。
ギルバートが率いる三十名の精鋭騎士団『蒼き獅子』。彼らは王国最強と謳われる騎士たちであり、その一人一人が百人力の強者だ。全身を覆う重厚な鎧は磨き上げられ、青い外套が風になびき、その背中には誇り高き獅子の紋章が刻まれている。
騎士たちの顔には、決意が浮かんでいる。主君を取り戻すという使命。国を救うという大義。そして、正義を貫くという誇り。それらが彼らの瞳に宿り、まるで炎のように燃えている。
もう一つの軍勢は、騎士団とは異なる空気を纏っていた。
彼らは、ギルドマスターの秘密裏の呼びかけに応じて集まった歴戦の猛者たち。ギルドに登録する有志のベテラン冒険者、数十名。スタンピードから街を救われた恩義に報いるため、そしてギルドの存亡を懸けて集った者たちだ。
屈強な体格の斧戦士が、巨大な両手斧を肩に担いでいる。その顔には無数の傷跡があり、数多の戦場を潜り抜けてきた証だ。老獪な魔術師が、長い杖を握りしめている。その目には、若者たちにはない深い知恵と経験が宿っている。俊敏な斥候たちが、軽装で素早く動き回っている。その動きは猫のようにしなやかで、影のように静かだ。
彼らは騎士団のような統制された美しさはない。けれど、その荒々しい闘気は、騎士団に勝るとも劣らない迫力を放っている。傷だらけの鎧、使い込まれた武器、鋭い眼光。それらが、彼らが真の戦士であることを物語っている。
「よく集まってくれた」
ギルバートが冒険者たちの前に馬を進めた。その声は力強く、けれど感謝に満ちている。
「諸君らの勇気に、心から敬意を表す」
冒険者たちが、黙って頷く。言葉はいらない。彼らはみな、同じ想いを共有している。
そして、その大軍勢の中央で異彩を放っているのが、一台の馬車だった。
それは魔塔が所有する特別な馬車で、外見は質素だが、その内部には高度な防御魔法が施されている。矢も魔法も通さない、移動要塞のような馬車。その中に、『アルカナ』の五人が乗っていた。
馬車の中は、意外にも広く快適だった。柔らかいクッションの座席、揺れを吸収する魔法の装置。窓からは外の様子が見えるが、外からは中が見えない仕組みになっている。
「なんか、すごい大軍勢だね……」
ルナが、窓から外を覗きながら呟いた。その声には、不安と期待が混じっている。
「アルカナの戦力を温存しながら敵の本拠地を叩く。それが今回の作戦方針だ」
レオンが、冷静に説明する。先日の悲痛な表情はもうない。軍師としての顔に戻っている。
「私たちは、最後の切り札というわけですわね」
ミーシャが、杖を握りしめながら言った。
「最終決戦まで、体力と魔力を温存する。そして、敵の中枢と対峙した時、全力を解放する」
エリナが、剣の柄に手を置きながら頷く。
「必ず倒すわ……」
シエルが、弓を抱きしめながら静かに誓った。
レオンは、四人の顔を見回した。みんな、緊張している。不安も感じている。けれど、その目には強い決意が宿っている。
「ありがとう……みんな。一緒に、戦おう」
その言葉に、四人が力強く頷いた。




