81. 恐るべき人災
翌朝――。
『アルカナ』のメンバーとギルバートは、ギルドマスターの案内でギルドの地下深くへと向かっていた。
普段は入ることのない、職員専用の扉。その奥にある、狭い階段。下へ、下へと続いていく石造りの階段は古く、所々欠けており、慎重に足を運ばなければならない。
壁には魔法のランプが灯されているが、その光は弱々しく、階段全体を照らすには足りない。影が、不気味に揺れている。
「こんな場所があったなんて……」
シエルが、小声で呟いた。その声には、不安が滲んでいる。
「領主にも知られていない、極秘の場所だ」
ギルドマスターが、慎重に階段を降りながら答える。
階段を降りきると、そこには重厚な鉄の扉があった。
ギルドマスターが、扉に手をかざすと魔法陣が反応し、ゴゴゴと重い音を立てて開いていく。
その向こうに広がっていたのは、異様な光景だった。
石造りの広い部屋。天井は高く、アーチ状になっている。壁一面には、無数の棚が設置されており、そこにはガラスの瓶が並んでいる。
その瓶の中には――。
「うっ……」
ルナが、思わず口を押さえた。
瓶の中には、様々な生物の標本が保存されていた。魔物の目玉。奇妙な形をした内臓。見たこともない異形の生物。それらが、透明な液体の中に浮かんでいる。
ホルマリンのツンとした匂いが、鼻を突く。薬品の匂い。死の匂い。それらが混ざり合い、部屋全体に充満している。
「気分が……悪いわ……」
ミーシャがいつもの余裕を失い、顔を青ざめさせる。
部屋の中央には、大きな作業台がある。その上には、フラスコ、試験管、魔法の計測器。それらが雑然と置かれている。
そして、その作業台の前に、一人の老人が立っていた。
白衣を纏い、分厚い眼鏡をかけた、痩せた老魔術師。その髪は真っ白で、背中は丸く曲がっている。年齢は八十を超えているように見えた。
けれど、その瞳だけは鋭く光っている。まるで、全てを見通すかのような、鋭い眼光。
「来たか」
老魔術師が、振り返った。その声は、意外にも力強い。
「紹介しよう。こちらは、王立魔導研究所の元所長、エルウィン博士だ」
ギルドマスターが、老魔術師を紹介する。
「博士、こちらが『アルカナ』と蒼き獅子騎士団長だ」
「ふむ……」
エルウィン博士は、アルカナの五人を値踏みするように見回した。その視線は、まるで標本を観察するかのよう。
「若いな。こんな若造どもが、あの寄生体と遭遇して生き延びたのか」
その言葉には、驚きと、そして僅かな敬意が込められていた。
「まぁいい、時間がない。早速、調査結果を報告しよう」
エルウィン博士は、作業台の上にある水晶のレンズを指差した。
そのレンズの下には、ガラスのシャーレがあり、その中に――あの寄生体のサンプルが置かれていた。
赤黒い肉片。既に死んでいるはずなのに、まだ微かに脈打っているように見える。その表面には、黒い紋様が浮かび上がっている。
「……これか」
レオンが、サンプルを見つめた。
「ああ。君たちが持ち帰ってくれた、貴重なサンプルだ」
エルウィン博士は、レンズを覗き込みながら言った。
「一晩中、調査した。そして、恐ろしい事実が判明した」
エルウィン博士は、作業台の上に二枚の羊皮紙を広げた。
そこには、複雑な波形が描かれている。まるで心電図のような、不規則な線。素人目には、ただの落書きにしか見えない。
「見てくれ。これが、この寄生体から検出された魔力残滓のパターンだ」
博士が、一枚目の羊皮紙を指差す。
「そして、これが――」
二枚目の羊皮紙を指差す。
「数ヶ月前、スタンピードが発生した地点の地層から検出された、異常な魔力パターンだ」
二つの波形を、並べて見せる。
レオンが、目を凝らす。二つの波形は――。
「……同じ?」
「その通り」
エルウィン博士が、頷いた。
震える指で、二つの波形をなぞる。その手が、明らかに震えている。恐怖なのか、怒りなのか。
「完全に一致する。間違いなくこれは、同一の魔力源から発生したものだ」
その言葉が、部屋に響く。
沈黙――――。
みんなその意味を理解しようと、必死に考えている。
「つまり……」
ギルバートが、口を開いた。その声が、震えている。
「あのスタンピードは……」
「ああ」
エルウィン博士が、重々しく頷いた。
「天災などではない。この『寄生体』を使い、人為的に引き起こされた『人災』だったということじゃ……!」
その瞬間――部屋の空気が、凍りついた。
誰も、息ができない。
ただ、その衝撃的な事実が、心に突き刺さる。
「なん……ですって……?」
ミーシャが、信じられないという表情で呟いた。その顔から、血の気が引いている。
「人為的……って……」
シエルの声が、震える。
「そんな……嘘でしょ……?」
ルナが、首を振る。その目には、涙が浮かんでいる。




