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80. わずか数センチ

 やがて、静かな寝息が聞こえ始めた。


 最初に眠りに落ちたのは、ルナだった。レオンの温もりに包まれて、安心しきった顔ですやすやと眠っている。普段の勝気な表情とは違う、幼い少女のそれ。わずかに開いた唇から漏れる寝息は、まるで小さな子猫のようで、レオンの胸を温かくした。


 次に、シエルの呼吸が深くなった。


「……レオン……」


 寝言を呟きながら、レオンの腕を大切な宝物のように抱きしめている。その表情には、起きている時には決して見せない無防備な安らぎが浮かんでいた。


 ミーシャも目を閉じた。いつもの聖女の微笑みではなく、本当に幸せそうな笑顔で。


「……幸せ……」


 そっとレオンの胸に顔を寄せる。その頬には、ほんのりと朱が差していた。


 最後に、エリナの体から力が抜けていった。レオンの肩にもたれかかるその顔には、普段は決して見せない柔らかな表情が浮かんでいる。小さく寝息を立てながら、まるで幸せな夢を見ているかのようだった。


 四人とも、レオンの温もりを感じながら深い眠りに落ちていく。その寝顔は、どれも愛おしくて、守りたくなるほど美しかった。


 だが――。


 さすがに、このままでは眠れない。


 レオンは苦笑した。物理的に身動きが取れない。腕は痺れてきているし、暑いし、重い。


 ただ――もう少しだけこの温もりを、この重さを感じていたかった。この幸せが、たまらなく愛おしいのだ。



       ◇



 しばらく温もりに浸っていたが、このままじゃ彼女たちも風邪をひいてしまうかもしれない。


 レオンはそっとベッドを抜け出そうと、慎重に体を動かし始めた。誰も起こさないようにそーっと――――。


 ようやく抜け出し、ふぅと息をつく。そして、ベッドで幸せそうに眠る四人を見つめた。月明かりに照らされた、その可愛い寝顔たち。


 ありがとう、本当に。


 心の中で呟く。もう大丈夫だ。一人で抱え込まない。仲間を信じる。そして、みんなで未来を切り開いていこう。



      ◇



 レオンはまず、ミーシャをお姫様抱っこした。その体は驚くほど柔らかく、まるでマシュマロのようだった。音を立てないように廊下を歩き、ミーシャの部屋のドアを開け、ベッドに優しく横たえる。毛布をかけてやると、彼女は幸せそうな寝言を呟いた。


 おやすみ、ミーシャ。


 そっと髪を撫でてやる。


 次はルナの番だ。部屋に戻ると、ルナはレオンがいなくなった場所で枕を抱きしめていた。その姿が可愛らしくて、レオンは思わず微笑んだ。そっと抱き上げ、ルナの部屋へと向かい、ベッドに横たえる。


 おやすみ、ルナ。


 毛布をかけてやると、ルナは寝言で何かを呟いた。レオンはくすりと笑い、続いてシエルを運ぶ。シエルは抱き上げられても、まだ夢の中で何か幸せそうな夢を見ているようだった。


 おやすみ、シエル。


 優しくベッドに横たえ、その頬をそっと撫でる。


 そして最後にエリナだ。エリナをお姫様抱っこし、その部屋へと向かう。そっとベッドに下ろそうとしたその時、エリナがレオンの首に回していた手を離さなかった。


「……え?」


 レオンが驚いて見ると、エリナの目が開いていた。月明かりを受けて黒曜石のように輝く瞳が、じっとレオンを見つめている。


「お、おい……起きてたのか?」


 焦るレオンに、エリナは何も答えない。ただ、レオンを見つめている。その瞳には、言葉にできないたくさんの感情が渦巻いていた。そして、静かに口を開いた。


「……不安なことがあったら、何でも私に言って?」


 その声は、いつもの強気なエリナではなく、どこか儚げで震えているようにさえ聞こえた。


「エリナ……」


 レオンがその名を呼ぶ。エリナはまっすぐにレオンの瞳を見た。月明かりが二人を照らしている。時間が止まったかのようだった。静寂の中、二人はただ見つめ合っていた。


 そして、ポロリと、エリナの瞳から一粒の涙がこぼれた。


 レオンの胸がギュッと締め付けられた。エリナが泣いている。いつも強がって、いつも凛として、誰よりも強いエリナが涙を流している。


「分かった」


 レオンは優しく頷いた。


「これからは、一人で抱え込まない。みんなを信じる」


 その言葉を聞いて、エリナの顔に小さな笑みが浮かんだ。涙を流しながらの笑顔。それはどこまでも美しかった。


「……約束よ」


 そう言いながら、エリナの顔が近づいてくる。レオンの唇へ。ゆっくりと――。


 レオンの心臓が激しく鼓動した。時間がスローモーションのように流れる。エリナの黒髪が月明かりに照らされて輝き、その瞳は閉じられ、長い睫毛が影を落としている。


 唇が近づいてくる。あとわずか数センチ。レオンの体が動かない。エリナの手がレオンの首をしっかりと掴んでいる。逃げられない。いや、逃げたくないのかもしれない。エリナの唇があと少しで、レオンの唇がわずかに震える。


 そして――。


 バァンッ!


「ちょーーっと待ったぁ!」


 勢いよく開かれたドアの向こうから、ミーシャの怒りのこもった叫びが静寂を粉々に打ち砕き、一気に三人の少女がなだれ込んできた。



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