8. 四つ葉のクローバー
やがて、エリナが口を開いた。
「……対等な仲間、か」
その硬い表情がほぐれていく。五年ぶりに見せる、本当の笑顔だった。
「悪くない」
シエルも銀髪を揺らしながら頷く。
「ボクも賛成。上下関係なんて、もううんざりだから」
――公爵令嬢として、常に身分という檻に閉じ込められていた日々を思い出す。
ルナが勢いよく立ち上がった。
「あたしも! 皆が同じなら、安心できる!」
小さな手が、震えながらも希望に輝いている。
最後に、ミーシャが優雅に金貨を手に取った。
「うふふ、合格ですわ」
初めて、仮面の下から本物の感情が覗く。
「あなた、本当に面白い人。これなら、本気で付き合ってもいいかもしれませんわね」
「じゃあ、改めて」
レオンが右手を差し出した。
「僕を受け入れてくれて、ありがとう。一緒に、輝く未来を目指そう」
一人、また一人と、手が重なっていく。
エリナの手――復讐の炎に焼かれながらも、新たな希望を掴もうとする手。
シエルの手――自由を渇望し、運命に抗い続ける手。
ルナの手――恐怖に震えながらも、勇気を振り絞る小さな手。
ミーシャの手――仮面の下に本心を隠し、理解者を求め続けた手。
そして、レオンの手――未来を視て、運命を変えようとする手。
五つの手が完全に重なった瞬間――レオンの視界が、黄金に染まった。
【スキルメッセージ】
【運命共同体・成立】
【未来予測:この結束が、世界の運命を書き換える】
さらに、新たなビジョンが流れ込んでくる。
――五人が肩を並べて、巨大な影に立ち向かう姿。
――世界中の人々が、彼らの名を讃える光景。
――そして、最後に見えたのは――。
だが、そのビジョンは霧に包まれて、全貌は見えなかった。だが、温かい雰囲気だけが伝わってきた――――。
「どうした?」
エリナの声で、レオンは現実に引き戻された。
「いや、なんでもない」
レオンは微笑んで、自分の金貨を懐にしまう。
◇
静かな感動が漂う中、レオンがふと思い出したように問いかけた。
「ところで、君たちのパーティ名は?」
その瞬間、四人の少女たちの表情が一変した。
まるで、秘密の箱を開けられたかのように。
エリナが急に視線を逸らし、頬が薔薇色に染まる。シエルが居心地悪そうに肩を竦め、碧眼を伏せる。ミーシャですら、完璧な聖女の微笑みに、かすかな動揺が走った。
そして、ルナ。
小さな体を、まるで消えてしまいたいかのように縮こまらせ、震える声で呟いた。
「よ……『四つ葉のクローバー』よ」
静寂。カッコよさを求めがちな威勢のいいパーティ名が一般的な中、『四つ葉のクローバー』はあまりにもほんわかとしたのどかさを感じさせる。
そして――。
「くすっ」
レオンの口から、小さな笑いが漏れた。
瞬間、エリナの瞳が炎のように燃え上がった。
「笑うな!」
声が、研ぎ澄まされた刃のように響く。漆黒の瞳が、レオンの心臓を射抜いた。
「この名前に決めた夜――私たちは雨に打たれて野宿してた。屋根もない、ただの廃屋の軒下で」
エリナの声が、かすかに震える。怒りではない。記憶の痛みだ。
シエルが小さく頷く。
「何も食べてなくて、お腹が鳴って……」
ミーシャも仮面を外したような素直な声で続ける。
「寒くて、怖くて、明日が見えなくて」
ルナが涙声で語る。
「でも、そんな時に私が言ったの。『四つ葉のクローバーみたいに、いつか幸せが見つかるかも』って」
エリナが拳を握りしめる。
「皆で泣きながら笑った。馬鹿みたいだって分かってた。でも、それしか希望がなかった」
新たな涙が、ルナの緋色の瞳から零れ落ちる。透明な雫がきらりと輝いた。
「悪かった」
レオンが真剣な表情で深々と頭を下げる。
「馬鹿にしたんじゃない。むしろ逆だ」
「は?」
エリナが眉をひそめる。
レオンは顔を上げ、四人を見つめた。
「今朝、追放され絶望に打ちひしがれていた僕の前に現れた君たち四人……」
声に、感謝の響きが宿る。
「それが僕の人生を、最高にラッキーに輝かせてくれたんだ」
レオンは微笑む。
「まさに君たちは僕が見つけた『四つ葉のクローバー』。僕にとっては、この出会いのためのパーティ名にしか見えないんだ」
四人が息を呑む。
「君たちが幸運を願って付けた名前が、本当に僕に幸運を運んできた。そして、その幸運は君たちにも等しく降り注ぐ……」
エリナの硬い表情が、ゆっくりとほぐれていく。
「ははっ! まさか、そんなめぐり合わせがあるとはね」
大きくのびやかに笑った。
「こうなることが分かってたみたい……」「ふふっ。いいじゃない」
「でも……」
ルナが困ったように皆の顔を見回す。
「もう四つ葉じゃないよね。レオンが入ったから、五人になっちゃった」
「うーん、『五つ葉』ってわけにもいかないしねぇ……」
シエルが首を傾げる。五つ葉のクローバーは、不幸の象徴とも言われている。
レオンも腕を組んで考え込んだ。
「さて……、名前を決めるのって難しいんだよな……」




