79. 八つの瞳
右側にミーシャとルナ。左側にシエルとエリナ。四人の体温が、レオンを包み込んでいった。狭くなったベッドの中で、四人の少女はそれぞれの温もりでレオンを守るように寄り添う。
レオンの顔に柔らかい髪がかかり、四つの呼吸が聞こえ、心臓の鼓動が伝わってくる。
その変化に、レオンの体がピクリと反応した。震えが、少しずつ収まっていく。荒かった呼吸が、穏やかになっていく。
そして――レオンの目がゆっくりと開いた。
「……え?」
ぼんやりとした視界。まだ夢と現実の境界が曖昧で、最初は何が起こっているのか分からなかった。自分がどこにいるのかさえも。
けれど視界が徐々に明瞭になっていくと、そこには――。
八つの瞳があった。
月明かりを受けて美しく輝く、四対の瞳。それぞれに異なる色、異なる輝きを持ちながら、全てが同じ感情を湛えている。
心配そうに。優しく。温かく。
自分を見つめている。
「え……え?」
レオンが混乱している隙に、少女たちが次々と動き出す。
「あたしらがいるから、もう大丈夫だって!」
ルナが、レオンのお腹にぎゅっと抱きついた。その小さな手がパジャマ越しにレオンの体を掴む。まるで、もう二度と離さないとでも言うように、しっかりと。
「安心して、レオン!」
シエルが左腕を両手で握った。その手は小さくて温かくて、そして少し震えていた。レオンの苦しみが自分のことのように伝わってきて、涙を堪えているのが分かる。
「もう一人じゃありませんわ」
ミーシャが右腕をそっと握る。その手は柔らかくて優しくて、そして確かな強さを持っていた。
「私たちは、家族でしょう?」
エリナが肩に手を置いた。その手は少し硬くて不器用だけど、誰よりも温かかった。普段は素直になれない彼女が、今は真っ直ぐにその想いを伝えようとしている。
「み、みんな……」
ようやくレオンの意識がはっきりしてきた。夢ではない。これは現実だ。自分を包む柔らかな感触。ルナの髪から漂う甘いシトラスの香り、ミーシャの纏う清楚な花の香り、シエルの優しい石鹸の香り、エリナの凛としたスズランの香り――――。
四方から伝わってくる温かい体温、静かな呼吸。全てが、レオンを包み込んでいる。
(え……何、この状況!?)
状況を完全に理解した瞬間、レオンの顔が一気に真っ赤になった。心臓がさっきとは違う理由で激しく波打つ。ドクン、ドクン、ドクンという音が、自分でも聞こえるほど大きい。
(て、天国か!?)
いきなりの状況に一瞬目が回ったが、四方から伝わる仲間たちの温もりが、レオンの凍りついた心をじんわりと溶かしていく。氷が春の陽光に照らされて溶けていくように、ゆっくりと、けれど確実に。
さっきまで見ていた悪夢が遠ざかっていく。妹の顔も、血の海も、全てがこの温もりの中に消えていく。
レオンの目から涙が溢れた。頬を伝い、枕を濡らしていく涙。それは安堵と感謝、そして愛おしさが混ざった、温かい涙だった。止めようと思っても止まらない。溢れて、溢れて、止まらない。
胸が熱くなる。痛いほど、熱くなる。
(そう……僕は独りじゃないんだ)
ずっと張り詰めていた心の糸がそっと緩んでいく。
こんなに優しくて、可愛くて――――強い少女たち。
絶望的な戦いでもみんなと一緒ならきっと道も開けるだろう。
レオンは右手でミーシャとルナを、左手でシエルとエリナを。そして皆を、できる限り強く抱きしめた。五人で命運をつかむんだと力いっぱい、心を込めて――――。
「……ありがとう」
小さく呟く。声が震えている。
「ありがとう……みんな……本当に……」
その言葉に、少女たちもぎゅっとレオンを抱きしめ返した。お互いの温もりが、さらに深く伝わり合う。
「当たり前じゃない。あたしたち、家族なんだから」
ルナが小さく呟いた。
「そうですわ。あなたはいつも私たちを支えてくれた。ならば今度は、私たちが支える番ですわ」
ミーシャがレオンの腕に頬を寄せる。その柔らかな感触が、レオンの腕に伝わる。
「レオンは、もう一人じゃないよ? ボクたちがいるの。ずっと、一緒にいるわ」
シエルがレオンの手を握る力を強めた。小さな手だけど、その握力には強い意志が込められている。
「一人で抱え込まないで。辛い時は、弱音を吐いていいのよ。私たちは家族なんだから」
エリナがレオンの肩をぽんぽんと叩いた。その不器用な優しさに、レオンはまた涙が溢れそうになる。
「ああ……頼らせてもらう。これからは、もっと頼らせてもらうよ」
レオンの声には、もう震えはない。ただ、温かさだけがある。
しばらく、穏やかな時間が続いた――。
月明かりが五人を優しく照らし、遠くでフクロウが鳴いている。全てが静かで、優しく、温かかった。




