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73. 私の居場所

「どこだぁ!?」「探せぇ! 遠くへは行ってないはずだ!」


 怒号が飛び交い、騎士たちが公園中を探し回っている。


 木の上でレオンとシエルは身を寄せ合った。レオンがシエルを抱きしめ、シエルもレオンにしがみつく。二人の体温が重なり、心臓の音が聞こえる。ドクン、ドクン、ドクンと、二人とも激しく波打っている。


 息を殺し、身じろぎもせず、ただ通り過ぎるのを待った。シエルの銀髪がレオンの頬に触れる。その髪は汗で湿っていた。レオンの腕の中で、シエルが小刻みに震えている。レオンはシエルを抱く腕に力を込めた。大丈夫、絶対に守る。そう無言で伝える。


 時間が永遠のように感じられた。一分が一時間のように長い。下では騎士たちが草むらを探り、茂みを調べ、噴水の裏を確認している。頼む、気づかないでくれ。レオンは心の中で祈った――――。


 だが――。


「いたぞーー! あの木の上だ!」


 叫び声が上がる。


 くっ! レオンはギリッと奥歯を鳴らした。見つかった――――。


 次々と集まってくる騎士たちの視線が木の上に向けられる。多くの殺気立った眼差しが、二人を捉えた。


「降りてきてください! シエル様! お迎えに参りました!」


 騎士の低く威圧的な声が響く。その声には、有無を言わせぬ力があった。


 シエルの体がびくりと震える。レオンはシエルをさらに強く抱きしめた。まだだ。まだ諦めない。



       ◇



 シエルは大きく息をつくと弓を構えた。矢筒から矢を取り出し、矢じりに昏倒(スタン)効果のある小さな魔道具をつけていく。これなら人を殺さずに無力化できる。


「私は家へは帰りません! 近づくなら撃ちます!!」


 シエルはそう宣言すると弓を引き絞り、狙いを定める。


「もう逃げられませんよ? 降伏してください」


 騎士は叫ぶ。


「降伏なんてしないわ!」


 シエルは木に登ってこようとした騎士に矢を放った。


 グハァ!


 騎士は全身が痺れ倒れる。


「撃ってきた! 逃げろ!」


 騎士たちが慌てて散開する。けれどシエルの目は冷静だった。狙いは外さない。


 ヒュンッ!


 次の矢が放たれた。それは青い光の筋となって空気を切り裂き、逃げる騎士の首筋に吸い込まれた。


 ぐあっ!?


 騎士の体が痺れ、全身から力が抜けてバタンと地面に倒れ込んだ。


「くそっ!」


 別の騎士が盾を構える。けれどシエルの矢は盾の守り切れていない箇所を縫うように、正確にその騎士の肩を射抜いた。また一人、倒れる。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン。次々と放たれる矢。それはまさに百発百中。当たった騎士は全身が痺れ、その場に倒れ込んでいく。けれどシエルの表情は険しかった。矢が、足りない。矢筒の中の矢がどんどん減っていく。この調子ではすぐに尽きてしまう。


 そして騎士たちも学習した。距離を取り、盾を構える。もう簡単には当たらない。樹上のシエルと地上の騎士たち。睨み合いが続く。重い沈黙。


 その時、騎士たちの列が割れ、一人の男が前に出てきた。巨岩のように仁王立ちする巨漢。蒼き獅子の紋章が刻まれた一際荘厳な外套。腰には大剣。その存在感は圧倒的だった。


 レオンは息を呑んだ。あれが、団長……。


 シエルの体が硬直した。その顔が青ざめ、唇が震えている。


 男は木の上を見上げ、静かに口を開いた。


「シエルお嬢様」


 その声は鋼のように硬質だった。けれどどこか、悲しみを感じさせる。


「お遊びは、そこまでにしていただきたい」


 その言葉にシエルの目から涙が溢れた。


「……ギルバート……先生……」


 その呟きはあまりにも小さかった。幼い頃から慕ってきた騎士。剣を教えてくれた師。いつも優しく見守ってくれた人。その人が今、自分を捕らえるために剣を抜いている。


 ギルバートは表情を変えずに続けた。


「さあ、屋敷へお戻りください。公爵様がお待ちです」


 その言葉がシエルの心を抉った。


「嫌だ!」


 シエルが叫んだ。涙を流しながら、声を振り絞って。


「私はもう、父様の人形じゃない! 家の道具でもない! 私には、私の居場所があるの! 仲間がいるの!」


 その悲痛な叫びが公園に響き渡る。レオンの胸が締め付けられた。シエルの震える体を、レオンはぎゅっと抱きしめた。


 けれどギルバートは動じなかった。ただ静かに手を上げた。その瞬間、残りの騎士団が一斉に動いた。木を包囲し、退路を完全に断つ。盾を構え、完璧な陣形を組む。もう弓矢は通じない。


 それはAランクパーティすら単独で壊滅させる、統率の取れた包囲網だった。


 膠着状態。重い沈黙。誰も動けない。レオンは必死に思考を巡らせた。どうする。どうすればシエルを守れる?


 今の自分には何もない。何も――。


 その時、空気が震えた。


「邪魔よ、アンタたちィィ!」


 ルナの元気な声と共に天から降ってきた巨大な炎の龍。グオオオオオォォォ! その咆哮が公園を揺らした。灼熱を放ちながら騎士団たちへと迫る。

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