7. 毒蜜のような試練
一瞬の静寂の後、店内が爆笑の渦に包まれた。
「ぶはははは! カルロスの野郎、鍋に頭突っ込みやがった!」
「これがCランクの実力か!」
「煮込み料理に負けた男! 伝説になるぞ!」
「くっ! 何やってんだよ!」「情けねぇ……」
「ち、治療院に連れてってくれぇぇぇ!!」
顔を真っ赤に腫らしながらカルロスが泣きながら叫ぶ。
仲間たちは恥ずかしさと怒りで顔をしかめながら、トマトまみれのカルロスを引きずって出ていった。
四人の少女たちは、呆然とレオンを見つめる。
「今の……見えてたの?」
エリナが震える声で問いかけた。
「ああ。【運命鑑定】は、こういう時にも役立つんだ」
レオンが肩を竦める。
「戦闘力はゼロだけど、戦わずに勝つこともできる。これが、僕なりの戦い方なんだ」
エリナがゆっくりと剣から手を離した。その瞳に、新しい理解の光が宿る。
「……戦わない強さ、か」
ミーシャの仮面の下で、本物の興味が輝いた。
「うふふ、とっても面白いわ。あなた、本当に面白い人ね」
ルナが子供のように目を輝かせる。
「すごい! まるで予言者みたい!」
シエルも感嘆の息を漏らす。
「ボクたち、とんでもない人と組んだんだねっ!」
レオンは照れくさそうに頭を掻いた。
「まぁ、自分でも驚いているよ」
少女たちの瞳に宿った信頼の光は、強まるばかりである。
温かい料理、予期せぬ奇跡、そして生まれたばかりの絆。
『腹ペコグリフォン亭』の喧騒の中で、新生パーティの物語が、確かに動き始めていた。
◇
満腹の幸福感が漂う中、レオンは革袋をドサッとテーブルの中央に置いた。
金貨二百枚。ずっしりとした重みが、木のテーブルを軋ませる。
チャリ、チャリン――革袋の中で金貨が奏でる音が、まるで運命の鐘のように、五人の間に響き渡った。
「さて、分配の話をしよう」
レオンが次の言葉を紡ぐより早く、ミーシャが優雅に両手を組み合わせた。その仕草は完璧に計算され、まるで舞台女優のようだ。
「あらあら」
聖女の微笑み。だが、その空色の瞳の奥では、冷徹な観察者が獲物を値踏みしている。
「ここは公平に五等分がよろしいのではありませんこと?」
当たり前のような提案。しかし、その甘い声音には、毒蜜のような試練が潜んでいた。
「私たちはまだ、お互いをよく存じませんもの。ただ……」
ミーシャは意味深な微笑みを深める。
「賞金首を見つけたのはレオンさんですし、あなたが多く取りたいとおっしゃるなら、それも一つの考え方ですわね」
――罠だ。
エリナもルナもシエルも、その真意に気づいていない。だが、レオンの瞳が密かに金色の光を宿した。
【ミーシャ・ホーリーベル】
【思考:値踏み中】
【本音:この男が強欲な豚か、偽善者か、それとも本物か。ここで正体が分かるわ】
レオンは静かに微笑んだ。そして、ミーシャの挑戦を真正面から受けて立った。
「君の言う通り、五等分が正解だ」
「あら? いいんですの?」
――本音を言えば、高利貸しへの返済を考えると、一枚でも多く欲しい。
だが、レオンは心の奥で理解していた。今、最も大切なのは、この傷ついた少女たちとの信頼関係。そこに一片でも私欲を混ぜれば、全てが崩壊する。
それに――。
彼女たちは無限の可能性を秘めた原石なのだ。磨けば世界を照らす宝石になる素晴らしい素材。
自分はその輝きを間近で見届けたい。そのためには、透明な関係であった方がしっくりくる感じがしたのだ。
「え? レオンが多く取ればいいじゃない。 あなたが賞金首を見つけたんでしょ?」
エリナが不思議そうに首を傾げる。
レオンは静かに首を振った。
「こういうのは、シンプルが一番なんだ」
脳裏に、『太陽の剣』での記憶が蘇る。カインが報酬の七割を独占し、残りをメンバーで分ける。誰も文句は言わなかったが、あの重苦しい空気、押し殺された不満――。
「不公平は、必ず恨みを生む。恨みは不信を生み、不信は崩壊を招く」
レオンは革袋を開き、金貨を五つの山に分け始めた。他の客に見られないように死角を使って慎重に――――。
「僕たちは、互いが不可欠な存在だ」
一枚、また一枚。正確に、丁寧に。まるで神聖な儀式のように。
「最高の楽譜があっても、演奏者がいなければただの紙。最高の演奏者がいても、楽譜がなければ音楽は生まれない」
四十枚ずつ、五つのナプキンで包んだ黄金の塊が完成した。
「だから、対等でなければ未来はない」
レオンは少女たちを真っ直ぐに見つめた。
「上下関係でも、利用関係でもない。真の仲間として、同じ地平に立つ」
【運命鑑定】の指示ではなく、レオンは本心から言い切る。その翠色の瞳に、一点の曇りもなかった。
「五等分は、僕たちの未来のための、唯一の選択なんだよ」
沈黙が流れる。




