62. あいあーんいあー
「ホ、ホーリーシールド!!」
ミーシャはとっさにロッドを掲げた。その声は恐怖で上ずっている。魔力を振り絞り、四人を囲むようにドーム状のシールドを展開する。透明な光の壁が、四人を守るように覆っていく。
刹那。ブチュ! ブチュ! ブチュブチュブチュ!
血管の瘤が次々と破裂し、赤黒い体液がほとばしった。それは高圧力で噴射され、まるで無数の矢のように四人へ向けて放たれ、シールドに激突する。
「ひゃぁ!」「ひぃぃぃ!」「いやぁぁぁ!」
悲鳴がシールド内に響き渡った。
体液はシールド一面に赤黒い染みを穿つ。そして、シュォォォ……という不気味な音と共に、シールドを溶かし始めた。まるで強酸のように、光の壁を侵食していく。白い煙が立ち上り、焼けた匂いが鼻を突く。
「マズい、マズいわ……くぅぅぅ」
ミーシャの顔から血の気が引いていく。額に脂汗が浮かび、全身が震えている。ロッドを握る手に力を込め、必死にシールドを維持しようとする。けれど魔力が足りない。既に底を突きかけている。膝がガクガクと震え、立っているのもやっとだ。
しかし状況はさらに悪化した。【核】から無数の触手が伸び始めたのだ。それらは生き物のように蠢き、シールドのドームを覆い尽くしていく。ヌチャ、ヌチャという湿った音を立てながら、触手がドーム全体に張り付いていく。
「キャァァァ!」「やめてよぉぉぉ!」
触手に覆われ、どんどん暗くなっていく。まるで生きたまま埋葬されるような恐怖。呼吸が乱れる。心臓が激しく波打つ。シールド内はパニック状態だった。このままだと【核】に飲み込まれてしまう。生きたまま取り込まれ、あの化け物の一部にされてしまう。
「ダメよ! もう、持たない!」
ミーシャが青い顔で叫んだ。必死に魔力を絞り出すが、溶かされる速度の方が速い。シールドにどんどんひびが入っていく。パキ、パキという音が響いている。あと何秒持つかもわからなかった。
絶望が、一行を包み込もうとした、その時。
「レオンのところに帰るんでしょ? 諦めちゃダメ!」
エリナが凛とした声で叫んだ。その声には、自分を鼓舞する響きも含まれている。
「レ、レオン……」
シエルが呟く。そうだ、レオン。彼が待っている。彼の笑顔が見たい。
「そ、そうよ! あたしたち、約束したじゃない!」
ルナが拳を握る。生きて帰る、と。みんなで、と。
「でも……どうやって?」
ミーシャが震える声で尋ねる。もう魔力がない。どうすればいいのか分からない。
「ルナ! 魔法は撃てる?」
エリナが素早く状況を判断する。
「魔力はもう空っぽよ! 撃てても小さな魔法しか……」
ルナが悔しそうに答える。体の中に残っている魔力は、ほんのわずか。こんなもので、あの化け物を倒せるはずがない。
「いいから絞り出しな! レオンに会いたいんでしょ? もう、あなたしかいないの!」
エリナの声が、ルナの心を揺さぶる。レオンに会いたい。その想いが、新たな力を生む。
「わ、分かったわよぉ……やってやるわ!」
ルナの目に、再び炎が灯る。
「ミーシャ、奴の『赤い瞳』のところだけシールド薄くして!」
エリナが次の指示を出す。
「何言ってんのよぉ、そんなことできる訳ないじゃない!」
ミーシャが叫ぶ。シールドを部分的に薄くするなど試したこともないのだ。そんな精密制御、今の状態でできるはずがない。
「できなきゃ全滅よ? レオンのところに戻りたくないの?!」
エリナの言葉が、ミーシャの心に火をつける。レオン。彼の顔が浮かぶ。彼の優しい笑顔。彼の温かい言葉。もう一度、会いたい。
「くぅぅぅ。レオン……。分かったわよ。そっちの方向だけ薄くしてみるくらいしかできないけど、それでいい?!」
「十分よ! やって!」
エリナの号令。それが、反撃の合図だった。
ミーシャは目を閉じ、全神経を集中させる。ロッドを握る手に力を込め、残されたわずかな魔力を精密にコントロールしていく。呼吸を整え、心臓の鼓動を落ち着かせ、イメージする。シールドの一部を薄く。他の部分は厚く。バランスを保ちながら。
徐々にシールドの輝きが偏っていく。赤い瞳の方向だけが弱くなり、他の部分が強くなる。けれど弱くなったところに小さな穴が開き始める。
ブシュー! ブシュー!
紫色の毒霧が、ドームの中に流れ込んでくる。喉が焼けるような痛み。
「みんな息を止めて!! シエル! 頼んだ!」
エリナが叫ぶ。四人は息を止める。けれどいつまで持つか。
シエルは震える手で矢を番えた。狙いを定める。視界がぼやける。涙が溢れる。けれど、矢じりは確実に赤い瞳を捉えている。
ヒュ、ヒュ、ヒュン!
次々と矢を放つ。それらは薄くなったシールドに当たるたびに、パキッ、パキッとシールドにひびを入れていく。
「んな、おー!」
エリナの掛け声。それが一か八かみんなの命を懸けたの攻撃の合図。
ルナは目を見開き、全身全霊を込めて叫んだ。
「あいあーんいあー!」
その瞬間、ルナの身体に魔力の奔流が湧き上がる。それは底を突いたはずの魔力ではない。もっと別の、もっと深いところから湧き出る力。生きてレオンに会いたいという切実な願い。それが形となり、炎となった。




