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61. 純粋な殺意

 ドオオォンッ!


 森全体が揺れた――――。


 木々の葉がはらはらと落ちてくる。まるで雪のように、静かに、優雅に。


 その中に、四人の少女が立っていた。


 息を切らし、汗を流し、服は汚れている。それでも確かに、勝利を掴んで――――。


 それはまるで絵画のように、美しく、力強い光景だった。


「よしっ!」「やったー!」「ふう……大したことなかったな!」


 ルナとシエルが交わすハイタッチのパンッという音が森に響く。


 その音がやけに清々しく、勝利の喜びを象徴していた。


 四人の顔には疲労と共に、達成感からくる満面の笑みが浮かんでいる。


 自分たちの力だけで掴んだ勝利。その事実が彼女たちの胸を熱くさせた。心臓が高鳴る。全身に力が漲る。これが、レオンによって覚醒させてもらった強さ。これが、成長。


「私たち……やったわね」


 ルナの声が弾んでいる。


「ああ。私たちは強くなった」


 エリナが小さく笑った。


 その言葉に全員が頷いた。ミーシャもいつもの聖女の微笑みを浮かべて言う。


「これなら、レオンも喜んでくれますわね」


 その言葉に全員の顔がぱっと明るくなった。


 そうだ、早く帰って報告しなきゃ。レオンに、自分たちの成長を見せるのよ!


 みんながそう思った時だった――――。


 討伐したゴブリンロードの死骸から強烈な異臭が立ち上る。それは単なる死臭ではない。何か生き物の内臓が腐り果て、毒素を放っているような、吐き気を催す悪臭。


「な、何……この匂い……うっ……」


 ルナが思わず鼻と口を押さえた。


 ドクン。


 まるで巨大な心臓が脈打つような、低く重い音が響く。


 死骸の緑色の皮膚の表面に、まるで黒い血管が内側から這い上がってくるように、禍々しい紋様がぶわぁと浮かび上がってくる。それは生き物のように蠢き、広がり、複雑な幾何学模様を描いていく。紋様からは微かに黒紫色の光が漏れ、不吉な輝きを放っている。


「……え? 何、これ……」


 シエルの声が上ずった。


 そしてドクン、ドクンと、死んだはずの巨体が脈打ち始めたのだ。皮膚が波打つ。肉が蠢く。リズミカルに、不気味に拍動する度に黒い紋様が明滅し、空気中に禍々しい魔力が放出される。


「な……何……!? 死んだはずなのに……!」


 ルナの声が震えている。足が竦み、後ずさる。


 皮膚が内側から押し上げられ、不自然に盛り上がっていく。


「全員、下がって!」


 すると、パキッと胸のあたりの皮膚が裂け、その間から、ぬるり、と赤黒い異物が姿を現した。


 それは何本もの細い腕のようなものを痙攣させながら蠢く肉塊。大きさは人の頭ほど。表面は粘液で覆われ、ぬめぬめと光っている。無数の血管のようなものが脈打ち、赤黒い体液を循環させている。


 異形の【核】だった。


「ひっ……!」


 ルナが思わず後ずさり、つまずいて尻餅をつく。その目は恐怖に見開かれ、顔は蒼白だ。


 シエルは弓を構えているが、その手が小刻みに震えている。


 【核】は、まるで産まれたての赤子が初めて呼吸するかのように、一度大きく脈打った。ドクン! その鼓動は力強く、周囲の空気を震わせた。魔力の波が放射状に広がり、少女たちの肌を這う。


 そして、その中心に宿っていた一つの赤い瞳が、ゆっくりと、しかし確実に見開かれた。


 それは瞳というより、奈落の底を覗き込んでいるような感覚。底知れぬ悪意。終わりなき憎悪。生きとし生けるもの全てを呪い、殺し、蹂躙しようとする純粋な殺意が少女たちを射抜いた。


「「「「ッ!!」」」」


 四人の全身の肌が粟立った。


 それは理性も、感情も、慈悲も、何もない。絶対的な悪意だった。


(……なに、これ……こんなの……こんなの……!)


 シエルの体が硬直した。息ができない。生物としての本能が叫んでいる。逃げろ、と。


 その時だった。


 首を失い、倒れていたはずのゴブリンロードの死骸が、ゆっくりと身体を起こし始めた。


 ギギギ……という、骨が軋むような音。筋肉が引き裂かれるような音。それは死者が蘇るという生命の摂理を超えた、おぞましい光景だった。


 四人が息を呑む。まさか。まだ動くなんて。首もないのに。


 そして次の瞬間、露出した【核】が、この世のものとは思えない金切り声を上げた。


 キェェェェェェェェ!!


 それは悲鳴なのか、怒りなのか、憎悪なのか。全てが混ざり合った、耳をつんざく絶叫。空気が震え、木々が揺れ、地面が振動する。四人は思わず耳を塞いだが、その声は頭蓋骨に直接響いてくる。


 【核】の表面で、赤黒い体液が蠢く血管がボコボコとあちこち膨らみ始めた。まるで風船のように膨張し、今にも破裂しそうなほどに腫れ上がる。数え切れないほどの瘤が、脈打ちながら成長していく。



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