52. 胸の奥の炎
(みんな……ずるい……)
レオンに一番近いのは、自分のはずだった。
パーティで一番年上で、女の子たちをまとめる立場にある自分。
初めて出会った時、レオンの提案を最初に受け入れようとしたのは自分。
なのに――。
今、レオンの温もりを独占しているのは、他の三人だった。
エリナの拳が、ギュッと握られる。
けれど――次の瞬間、彼女は小さく首を振った。
(……違う。こんなこと、考えちゃ駄目……)
みんな、仲間だ。
レオンを想う気持ちは、きっと同じ。
自分だけが特別だなんて、そんなこと――。
でも。
でも――。
胸の奥の炎は、消えてくれない。
エリナは、音を立てないように、そっとソファの後ろに回り込んだ。
そして――。
眠るレオンの肩に、手を伸ばす。
壊れ物を扱うかのように、そっと。
けれど、確かに。
強く――。
抱きしめた。
レオンの体温が伝わってくる。
彼の首筋に、顔を埋める。
甘いレオンの匂い――――。
エリナは、それを確かめるように、深く、深く息を吸い込んだ。
(……レオンは、私のものよ)
心の中で、囁く。
(誰にも……渡さない……)
黒曜石の瞳が、炎の光を受けて妖しく輝く。
エリナは、そっとレオンの頬に顔を近づけた。
吐息がかかるほどの、近い距離。
唇が、彼の頬に触れそうなほど――。
(あの日……絶望の底にいた私を見つけて、光をくれた時から……)
五年前の、あの悲劇。
殺された家族。焼かれた村。一人生き残った自分。
復讐だけを胸に、孤独に生きてきた。
誰も信じない。誰にも心を開かない。ただ、強くなることだけを考えて――。
そんな自分に、初めて温かな手を差し伸べてくれたのが、レオンだった。
黒曜石の瞳がレオンの唇を見つめる。
この瞬間だけは、レオンは自分だけのものなんだから――。
(ずっと……キミは、私の……)
すっと唇を近づけていく――――。
パチッ!
残り少なくなった薪が、大きくはぜた。
火花が舞い上がり、炎が揺れる。
エリナは、ハッと我に返った。
(……駄目、私、何してるの……)
慌てて体を離す。
頬が、熱い。心臓が、早鐘を打っている。
このままでは――このままでは、本当にキスをしてしまう。
エリナは深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
そして――大きな声で叫んだ。
「はい! みんなこんなところで何やってるのよ!? 風邪を引くわよ!」
パシパシと、三人の肩を順番に叩いて起こしていく。
その手つきは少し乱暴で――自分の気持ちを誤魔化すかのようだった。
「んぅ……?」
ルナが、眠そうに目をこする。
「あと五分……」
シエルが、寝ぼけた声で呟く。
「むにゃむにゃ……レオン……」
ミーシャが、何やら寝言を言っている。
そして――。
レオンも目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開け、周囲を見回す。
「あぁ、エリナ……ありがとう」
その表情には――もう、迷いや苦悩の色はなかった。
これまで見せたことのないような、全てが吹っ切れた穏やかな笑顔。
まるで、長い夜を越えて、ようやく朝日を見つけた旅人のような――そんな、清々しい表情だった。
「……みんな、ありがとう」
レオンは、ゆっくりと立ち上がる。
そして――少女たちの前に立った。
一人一人と、真摯に向き合う。
「ルナ」
名前を呼ばれて、ルナがビクッと体を震わせる。
「いつも元気をくれて、ありがとう」
そう言って、レオンはルナを――優しく、しかし力強く抱きしめた。
「え? あ、う、うん……」
予想外の行動に、ルナの顔が真っ赤になる。
レオンの腕の中で、小さな体が硬直している。心臓の音が、レオンにも聞こえるほど激しく打っている。
頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。
ただ、レオンの温もりと、彼の優しい声だけが、心に染み渡っていく。
「シエル」
次に、レオンはシエルの前に立つ。
「俺を信じてくれて、ありがとう」
そして――シエルを、抱きしめた。
「レ、レオン……」
シエルの碧眼が、涙で潤む。
彼女は、レオンの背中に手を回し――ギュッと、強く抱きしめ返した。
幸せの涙が、一筋、頬を伝って落ちる。
「ミーシャ」
レオンは、次にミーシャの前に立つ。
「素敵なアドバイスを、ありがとう」
そして――ミーシャを、抱きしめた。
「あらあら……うふふ……」
ミーシャは照れくさそうに微笑む。
けれど、その空色の瞳には――涙が浮かんでいた。
(……ずるい、ですわ……こんなの……)
聖女の仮面が、崩れそうになる。
本当の自分を、さらけ出してしまいそうになる。




