50. 未来が見えない恐怖
夜更けまで、悶々と考え続けたが――解決策など、何一つ浮かばなかった。
天井を見つめ、枕を抱きしめ、何度も寝返りを打った。それでも、答えは出ない。
ただ、襲撃に備えて日々慎重に過ごすしかないのだ。
神経を研ぎ澄まし、少女たちから目を離さず、どんな小さな異変も見逃さないように――。
もちろん、レオンを潰したことで彼らの目的は達成した可能性もある。【運命鑑定】という最大の脅威を排除できたのだから、もうこれ以上のアクションはないかもしれない。
そうであって欲しいが……。
ふぅ、と大きくため息をつくと、レオンはベッドから抜け出し、リビングへと降りていく。
もう眠れそうになかった。このまま布団の中で悶々としているより、少しでも気を紛らわせたかった。
◇
リビングに降りると、まだ暖炉には薪の熾火が残っていた。
レオンは薪を数本、そっと火の中に置く。カラカラに乾いた薪が、すぐに火を受け入れた。
やがて――パチッ!
薪が小さくはぜ、火花が舞い上がる。
少しずつ、少しずつ、炎が大きくなっていく。
シエルが用意してくれていた、まだ暖かいヤカンからカップにお茶を注ぐ。優しい香りが鼻をくすぐった。
レオンはソファに深く腰を沈め、カップを両手で包み込むようにして持つ。温もりが、冷え切った手のひらに染み渡っていく。
ゆっくりと、お茶をすする。
静寂。
暖炉の炎だけが、ゆらゆらと揺れている。
レオンは、まるで世界の全てから切り離されたかのように、一人ソファに深く沈んでいた。
パチパチ、と薪がはぜる音だけが、やけに大きく響く。
炎を眺めながら、失ってしまった【運命鑑定】の輝きを思っていた。
あの、金色の光。未来の選択肢が浮かび上がる、あの神秘的な視界。【運命推奨】の温かな導き。
全て――消えてしまった。
(未来が見えないことが……こんなに不安になるだなんて……)
思ってもいなかった。
普通、みんなそうだ。未来なんて誰にも見えない。少し前まで、自分もそうだった。
けれど――【運命鑑定】の圧倒的な頼もしさに包まれて、すっかり忘れてしまっていた。未来が見えない恐怖を。道標がない不安を。
カインの悪だくみも、【運命鑑定】があったから事前に準備できた。だからこそ、誰一人傷つけることなく、完璧に対処できたのだ。
もし知らなかったら――。
犠牲者が出ていたかもしれない。
なのに――――今は何も見えない。
真っ暗な闇の中を、手探りで歩くしかない。
一歩先に罠が仕掛けられているかもしれない。それでも、前に進むしかない。
怖い――。
その感情を、認めるしかなかった。
自分はどうなったっていい。
でも――。
女の子たちに何かあったら。
エリナが。ミーシャが。ルナが。シエルが。
あの笑顔が失われたら。
あの温もりが消えてしまったら。
自分は、生きていける自信がなかった。
妹を失った時の、あの衝撃。
目の前で倒れていく小さな体。動けない自分。救えなかった命。
あの絶望を――もう一度味わったら。
今度こそ、心が壊れてしまうかもしれない。
くぅぅぅ……。
喉の奥から、小さな呻き声が漏れた。
凍てついた心を抱え、彼はただ、燃え尽きて灰になるのを待つかのように、虚空を見つめていた。
炎が、ゆらゆらと揺れる。
その光が、レオンの翠色の瞳に映り込んでいた。けれど、その瞳には――何の輝きも宿っていなかった。
◇
どれくらいの時間が経っただろうか。
パタパタパタパタ――。
軽やかなスリッパの音が近づいてくる。
それは――ルナだった。
赤い髪を寝癖でぼさぼさにして、寝間着姿の彼女が、リビングの入口に現れる。
レオンの姿を見つけると、一瞬ためらうように止まり――――しかし、意を決したように、小走りでソファに近づいてくる。
「ちょ、ちょっと眠れなくって……ね」
早口で言い訳をしながら、レオンとの間に少し距離を空けて、ポスンと座る。
しばらく沈黙。
ルナは横目でレオンの横顔を見つめていた。その表情の暗さに、彼女の胸が締め付けられる。
そして――意を決したように。
体を寄せ、レオンの肩に、コテンと小さな頭を乗せた。
レオンの体が、わずかに震える。
ルナは、彼の服の袖を、震える指先でキュッと掴んだ。
「……元気出して」
小さな、けれど芯のある声。
「呪いを解く方法はきっとあるわ。時間かけて一緒に探そ?」
それは、彼の存在が「過去」ではなく、これからも続く「未来」にもあるのだという――彼女なりの精一杯の提案だった。
ルナの赤髪が、炎の光を受けて揺れている。
その温もりが、レオンの肩に伝わってくる。
レオンは何も言わなかった。ただ、そっと頭を傾けて、ルナの髪に頬を寄せる。




