49. 紡がれる真実
レオンは寝返りを打ち、窓の外を見た。
街灯の明かりが、カーテンの隙間から細く差し込んでいる。静かな夜、平和な夜だ。
けれど、その静けさが、かえって不安を掻き立てる。
(待てよ……)
その時だった。
ある可能性が、レオンの脳裏を――まるで稲妻のように――かすめた。
【運命鑑定】を無効にするスキルが、存在するのでは――?
それはほんの思い付きだった。根拠のない、直感に過ぎない。
けれど――。
(もしかして……)
考えれば考えるほど、その可能性が現実味を帯びてくる。
「まさか……?」
心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
(そうだ……そうだとしたら、全ての辻褄が合う……!)
【運命鑑定】は、未来を視るスキルだ。けれど、もしそれ以上の力を持つスキルが存在したら――?
【運命鑑定】を破壊するように、運命そのものを導くことができるスキルが、この世界にあったとしたら――?
「くっ……」
そうだとしたら――――【運命鑑定】は、それを見破れない。
(まさか……いや、でも……!)
レオンはガバッと起き上がり、両手で頭を抱えた。
思考が、恐ろしい速度で加速していく。
(考えろ……冷静に考えるんだ……!)
セリナが【スキル破壊の呪い】を持っていたこと自体が、そもそもおかしかった。
なぜあんな厳しく禁じられている物を持っていて、リスクを背負って放ったのか――――?
(誰かが……セリナをうまく利用したんだ)
そして、その「誰か」は――レオンの【運命鑑定】を恐れていた。
(アルカナは……目立ちすぎた)
Fランクの新人パーティが、たった五人で、街を救った。
その噂は、瞬く間に王国中に広がっただろう。いや、王国だけではない。大陸中の猛者たちが、『アルカナ』の名を知ったはずだ。
(世界中の……凄いスキルを持つ者たちの、注目を集めてしまった……!)
英雄として称賛する者もいるだろう。
けれど――。
嫉妬する者も。
恐れる者も。
排除しようとする者も――――。
「くぅぅぅ……」
出る杭は打たれる。
(アルカナの快進撃を……快く思わない、高位スキル保持者が干渉してきた……!)
そう考えれば、全てが説明できる。
【運命鑑定】が呪いを予知できなかったこと。
セリナが突然、普通手に入らない呪具を手に入れたこと。
タイミングよく、カインの屋敷での決着の場でセリナが呪具を放ったこと。
全ては――誰かが、仕組んだことだったのだ。
(だとすると……次の手は――?)
レオンの顔から、血の気が引いていく。
答えは、明白だった。
(女の子たちを……襲う!)
「まずい!」
レオンはガバッとベッドから飛び起き、頭を抱えた。
心臓が、激しく波打つ。冷や汗が、額から滴り落ちる。
(落ち着け……落ち着くんだ……!)
深呼吸をして、必死に思考を整理する。
エリナ、ミーシャ、ルナ、シエル――。
四人とも、スタンピード戦で大幅にレベルアップした。今や、並の冒険者では太刀打ちできないほどの実力者である。そう簡単にやられはしないだろう。
――でも。
(それでも……【運命鑑定】以上のスキルを持つ者が、対策をしてきたら――?)
レオンの全身が、恐怖で震える。
未来を操るスキルなのかその全容は知れないが、そんな力を持つ相手が、本気でアルカナを潰しにかかったら――?
勝てる保証なんて、どこにもない。
「くっ……!」
冷や汗が、タラリと頬を伝って落ちた。
女の子たちが狙われているというのに自分にできることが、何もないのだ。
ただの、戦えない少年。
血を見れば体が動かなくなる、臆病者。
妹を救えなかった、無力な少年。
(また……また、守れないのか……!?)
あの日の記憶が、脳裏に蘇る。
倒れている妹。震える手。動かない体。何もできない自分。
「ちくしょう!」
レオンは枕に、ボスッとこぶしを叩きつけた。
羽毛が舞い上がる――――。
ギュッと唇を噛みしめる。
口の中に、鉄の味が広がった。
(僕は……どうすればいいんだ……!)
答えは、出ない。
ただ、静かな夜の闇だけが、レオンの苦悩を飲み込んでいく。
街灯が、部屋の中を仄かに照らしている。
その光の中で、レオンは独り――膝を抱えて、震えていた。




