47. 大宇宙との交信
先ほどまでのにぎやかな雰囲気が嘘のように消え去り、四人の少女たちの緊迫した視線が一斉にレオンへと注がれる。それは運命の選択肢を待つ乙女たちの、真剣な眼差しだった。
「え? ど、どんな……って?」
レオンが驚いて声を裏返らせる。これは罠だ。絶対に罠だ。どう答えても地獄が待っている――そんな直感が、彼の背筋を走った。
「やっぱり胸が大きい子? 世の男性は皆そうおっしゃいますわよね。ふふっ」
ミーシャは自分の豊かな胸元を誇示するように、少し胸を張りながら切り込んでくる。その笑顔は聖女のそれだが、目は完全に獲物を追い詰める狩人のものだった。
「え? そうなの? じゃあ私……」
ルナが自分の胸元を見下ろし、明らかに落ち込んだ表情を浮かべる。バスタオルの上から、そっと自分の体を確認するような仕草――その小さな手が、何とも切なげに見えた。
「そ、そんな胸のサイズなんて意識したことないって! 本当だよ!」
レオンは慌てて否定する。胸の好み一つで不和を生んではならないのだ。
「ほ、本当なの? 男の人って……そういうの、好き……なんでしょ?」
エリナが顔を真っ赤にして、自分の胸を両手で押さえながら尋ねてくる。その瞳は不安と期待が入り混じった、複雑な光を湛えていた。凛とした剣士の彼女でさえ、こういう話題では一人の不安な少女になってしまう。
「そ、そういう人も多いけどね。でも僕は、そんなことにこだわらないよ! 人間は中身が大事だから!」
「あらあら、嘘ばっかり。男性は皆、大きい方がお好きなくせに」
ミーシャは意地悪な笑みを浮かべ、バシャッとお湯をレオンの背中にかけた。その容赦のない突っ込みに、レオンは思わず背筋を伸ばした。
「ち、違うわよね! 性格が大事……よね?! その人の、心の優しさとか、強さとか、そういうのが……ね!?」
シエルが慌ててフォローに入る。その必死さは、理想のレオン像を守ろうとしているからだろうか?
「そ、そうだよ! 僕は断然、性格重視だから! 優しくて、誠実で、仲間想いで……」
レオンも必死に同意する。胸の好みなどどう言っても地獄にしかならないのだ。
しかし、ミーシャは容赦なく、最も答えづらい質問を投げかけてきた。
「ふーん。じゃぁ、ルナのでもいいのね?」
レオンの思考が停止する。
(これ、どう答えればいいんだ……!?)
しかし、沈黙は最悪の答えだ。レオンは覚悟を決めて口を開く。
「そ、そりゃあルナは……あれくらいあればばっちり素敵だと思うよ? う、うん!」
瞬間――。
「『あれくらい』って何よ!? ばっちり見てたんじゃないのよぉぉぉぉ!!」
ルナの絶叫が浴室に響き渡った。
彼女の全身から、炎の魔力が溢れ出す。赤い髪が逆立ち、緋色の瞳が怒りと羞恥で燃え上がる。その姿は、まるで怒れる炎の精霊のようだった。
「嘘つきぃぃぃ! スケベぇぇぇ!」
ルナの魔力が湯船のお湯に伝わり、ボコボコボコッ! と激しく沸騰し始める。
「ひぃぃぃ! タンマタンマ! 熱い! 熱いってばぁ!」
レオンは必死に逃げようとするが、まだ立てないし、狭い湯船の中では逃げ場がない。熱湯がレオンの体を容赦なく襲う。肌がヒリヒリと痛む。これは、本当にまずい――。
「あちちちち!」
「ちょっと止めて! 火傷しちゃう!」
「何すんのよぉ! 私まで巻き込まないでよぉ!」
エリナ、ミーシャ、シエルも慌てて湯船から飛び出し、逃げ惑う。
「ルナ! 落ち着いて! 魔力を抑えて!」
エリナが必死に呼びかけるが、ルナの耳には届いていないようだった。
「レオンのエッチ! スケベ! 見といて誤魔化そうとして! 許さない!」
「ご、誤魔化してないって! 本当に素敵だと思ったんだってば!」
「そうじゃないでしょぉぉぉぉ!」
「落ち着いて!」
「レオンゆだっちゃうよ!」
結局、シエルとエリナが慌てて水のシャワーを全開にして、冷水をルナに派手に浴びせかけることで、ようやく事態は収束した。
ジャーッという水音が浴室に響き渡る。冷水を浴びたルナの魔力が、シューッという音と共に徐々に収まっていく。
湯船の温度も下がり、浴室に平穏が戻った――かと思われたが。
「あぁ、レオンがのぼせてる!」
「引き揚げなきゃ!」
レオンはのぼせてもうろうとしているところをミーシャたちに引き上げられた。全身が火照り、意識が朦朧としている。
ただ、のぼせたおかげで生理現象も収まっていたので大事は免れた。
「はぁ……はぁ……もう、勘弁してよ……」
冷水をシャワーでかけてもらいながらレオンは大きくため息をついた。
この時、冷水の冷たさがレオンの身体にほんわりとした感覚をもたらしてくる。極限まで熱せられた体に、冷たい水が心地よく染み渡っていく。いわゆるサウナの後の【整った】という状態だった。
今まであったことが全て遠くの出来事のように感じられる。大宇宙の中のちっぽけな自分――。
スキルが壊れたこともなんだか些細なことに感じられる。人生はまだまだこれからなのだ。こんなに可愛い仲間に大切にされて囲まれて、一体何の不満があるのだろう――?




