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46. 悪魔のような質問

「じゃあ、少し待っててあげますわね」


「なら、私も入ろ!」


「そーれ!」


「きゃははは!」


 バシャバシャと盛大な水音を立てながら、残りの三人も次々と湯船に飛び込んでくる。


「おわぁ!」


 お湯が大きく波打ち、レオンの体に柔らかな感触がいくつも触れては離れていく。少女たちの甘い香りが、湯気に混じって鼻をくすぐる――――。


 レオンはキュッと唇を結び、泣きそうな顔をして膝を抱えた。


(神様……どうか、この試練を乗り越える力を……!)


 彼にとって、かつて万の魔物と戦った時よりも、今この瞬間の方がよほど過酷な戦場だった。



       ◇



 そんなレオンの戦いなど気が付きもせず、少女たちは少女たちで、楽しそうにお喋りを始めた。


「あらぁ……ミーシャの肌、すっごく綺麗……」


 エリナがうっとりとした表情で、ミーシャの二の腕をそっと撫でる。普段は剣一筋で、女性らしさとは無縁に見えるエリナだが、やはり年頃の少女。美容への関心は人一倍強いのだろう。


「あら、お手入れの秘訣を教えて差し上げましょうか? 毎晩、ハーブオイルで丁寧にマッサージをするんですの。特に、(ひじ)や膝は念入りに……」


 ミーシャが得意げに微笑む。


「ハーブオイル!? いつの間に? 私たち、あんなに貧乏だったのに……」


 エリナが目を丸くする。


「ふふっ、ハーブなんてその辺の草でいいんですのよ。カモミールとかローズマリーとか道端に生えてるでしょ?」


「そんなのでいいの?!」


「私も教えて! あのね、最近ちょっと肌が荒れちゃって……」


 ルナが身を乗り出す――その瞬間。


 つるん。


 足を滑らせて、バシャーン! と盛大な水しぶきを上げた。


「きゃぁ!」「もぉ、ルナったら!」「気を付けてよぉ……」


 少女たちの悲鳴が浴室に響く。水しぶきがレオンにも盛大にかかった。


「うわっ! 何す……、あ……」


 反射的に振り返ったレオンは見てしまった――。


 ルナのバスタオルが、派手に転んだ拍子に大きくはだけていたのだ。湯に濡れた白い肌が、湯気の中に浮かび上がる。成長途上の、けれど確かに女性としての丸みを帯び始めた体――。


 レオンの脳裏に、その光景が一瞬で焼き付いた。


「ご、ごめん! 今の見てない! 全然見てない!」


 レオンは慌てて目を逸らし、頭を抱えた。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい……まずい、まずい、まずい……!)


 心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動する。頭の中が真っ白になり、何も考えられない。ただ、先ほどの光景だけが、まるで残像のように瞼の裏に焼き付いて離れない。


 しかし――――。


「み、見たわね……」


 ルナの声が、震えていた。彼女の顔は茹でダコのように真っ赤になっており、緋色の瞳でレオンを睨みつけている。


「い、いや、本当に湯気でよく見えなかったんだって! セーフだよセーフ! ほら、湯気すごいし!」


 レオンは窓の外から目をそらさないようにしながら頑張って言い訳する。その声は上ずり、明らかに動揺が隠しきれていなかった。


「嘘つきぃぃぃぃ!!」


 ルナは両手で盛大にお湯をすくい上げ、レオンに向かって勢いよくぶちまけた。


「うわぁ! ちょ、ちょっと止めてよぉ!」


「エッチ! スケベ! のぞき魔!」


 バシャン! バシャン! と、激しい水の音が響く。


「僕、何にもしてないのにぃぃぃ! むしろ被害者だよ! ぶわっ!」


 レオンはお湯の奔流(ほんりゅう)を横顔に受けながら、半泣きで抗議した。本当に、ただ振り返っただけなのだ。


「まぁまぁ、今のは事故でしょう? ルナが勝手に転んだんだし。レオンも見えてないって言ってるし……ね?」


 エリナが慌てて割って入り、ルナをなだめようとする。その頬もほんのり赤く染まっているのは、彼女自身も、レオンとのそういう場面を想像してしまうからだろうか?


「こんなところで見せたくなかったのに……」


 ルナは唇を尖らせ、涙目になっている。その様子は怒っているというより、恥ずかしさと悔しさで一杯といった感じだった。本当なら、もっと特別な場面で、もっとロマンチックな雰囲気の中で――そんな乙女心が、言葉にならない想いとなって溢れ出している。


「どこならいいのよ?」


 ミーシャが容赦なくツッコんだ。


「そ、それは……その……」


「ダーーメ! そんな不純異性交遊はお姉さんが許しません!」


 エリナはルナの言葉を遮って叫んだ。レオンとルナのそんなシーンは絶対に妨害せねばならなかった。


「そうよ、みんな清い関係でいないと……ね?」


 シエルも頷く。その表情は真剣そのものだが、頬がほんのり赤いのは、やはり自分もそういう妄想をしてしまっているからだろうか。


「そうそう、見せなくていいからね? っていうか見せちゃ駄目だからね? 約束だよ?」


 レオンも窓の外を向いたまま、必死に念を押した。この話題から一刻も早く逃れねば――――。


 しばしの沈黙――かと思われた時。


「で、レオンって……どんな女の子が好きなのかしら? ふふっ」


 ミーシャの、悪魔のような質問が浴室に響き渡った。


 空気が、一変する。



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