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43. 完全なる崩壊

 重い足取りで、アルカナの屋敷に戻ってきた一行――――。


 夜の静寂が、屋敷全体を包み込んでいた。普段なら賑やかな声が響くはずの玄関ホールも、今は墓場のように静まり返っている。


 懸念だったカインとの因縁を断ち切れたものの、勝利の余韻などどこにもなかった。それどころか、重苦しい空気が五人を包み込み、皆押し黙るばかりである。


 スキルを失ったレオンは、何も言わずにヨロヨロと自室へと向かう。


 その足取りは、まるで何十キロもの鎖を引きずっているかのように重い。一歩、また一歩と、階段を上る背中がとても小さく見える。


 いつもの頼もしさは影を潜め、ただ疲弊しきった少年の姿だけがそこにあった。見ているだけで、胸が締め付けられる――。


 誰も、声をかけられない。


「あぁ……」


「レオン……」


 少女たちの声が、か細く漏れる。


 エリナは唇を強く噛み締め、その黒曜石のような瞳には悔恨の色が浮かんでいた。自分をかばって――レオンはあの呪いを受けた。もし、自分がもっと早く反応できていれば。


 いつも冷静なミーシャも動揺し、不安そうな表情を隠そうともしない。空色の瞳が揺れ、唇が震えている。


 ルナは涙を浮かべながら拳を握りしめ、その小さな体を震わせていた。


 シエルは今にも泣き出しそうな顔で何度も言葉を飲み込む。「レオン」と呼びかけたい。でも、声が出ない。


 どんな言葉をかければいいのか誰にも、わからなかったのだ。


 ただ、見送ることしかできなかった――。


 バタン。


 扉が閉まる音が、重く、冷たく響く。


 その音は、まるで世界との断絶を告げるかのように――少女たちの胸に突き刺さった。



        ◇



 レオンはベッドに腰を下ろした。


 月明かりすら差し込まない部屋の漆黒の闇。それはまるで、今のレオンの心を映しているかのようだった。


 深呼吸をする。


 一度、二度、三度――。


 心を落ち着かせようとするが、鼓動は速まるばかり。胸の奥で渦巻く不安が止まらない。


 それでも――確かめなければならなかった。


 目を閉じ、意識を内側に向ける。そして、スキルにつながる回路を――ゆっくりと開いてみる。


 以前なら、ここで意識の奥底に広がる豊かな感覚があった。


 まるで無限の可能性が広がる大海原のような、満ち溢れる力の奔流。温かく、力強く、そして優しく――自分を包み込んでくれる存在。それがスキルを司る心の領域だった。


 しかし――。


 今は何も、ない。


 以前のような心の奥に広がる豊かな感覚が、どうしても得られない。


 いくら意識を集中させても、いくら深く潜ろうとしても――そこには、何もなかった。


 【運命鑑定】は元々パッシブスキルで、自分で起動できるようなタイプのスキルではない。常に運命を監視し続け、要所でレオンを導く情報をくれるだけだ。


 だが、それでも――機械仕掛けの時計がカチカチと動くような、微かな鼓動のような感覚が、常に胸の奥にあったのだ。


 それが、今は――。


 沈黙。


 まるで、心臓が止まってしまったかのような――。


 明らかに今までとは違う感覚。言いようのない喪失感。


 不安が、恐怖が、絶望が――じわじわとレオンの心を蝕んでいく。


「頼む……頼むから……」


 レオンは、祈るように呟いた。


 その時だった――――。


 ポロン。


 聞き覚えのある、スキル発動の電子音。


「……!」


 レオンの心臓が、高鳴った。


 期待に胸を膨らませ――ハッと目を見開く。


 視界に、半透明の文字が浮かび上がる。


 ああ――良かった! まだ、動いて――。


【繧ケ繧ュ繝ォ繝。繝?そ繝シ繧ク】

【驕ク謚槭↓繧医▲縺ヲ縲∽】

【ク也阜邱壹′螟牙虚縺励∪縺】


「……は?」


 レオンの思考が、止まった。


 ぽかんと口を開けて、凍り付く。


 それは確かに、【運命鑑定】のインターフェースだった。あの見慣れた半透明のウィンドウ。


 だが――。


 文字が、壊れていた。


 意味不明な記号の羅列。解読不能な、ただのノイズ。まるで壊れた機械が吐き出すエラーメッセージのような、グロテスクな文字列。


「くっ!」


 レオンはその意味不明なメッセージを解読できないか必死に頭を動かしてみたが――――。


 支離滅裂でとても何かの意味があるとは思えなかった。


 レオンの顔から、血の気が引いた。


(ダメだ……完全に、壊れてしまった……)


 手が、震える。


 自分の快進撃を支えてくれた【運命鑑定】。未来を視る力。最適な選択肢を示してくれる、神からの贈り物。


 それが――完全に壊れてしまった。








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