39. 純粋な殺意
「一流? こんな小娘たちが? お前ら風情がこの俺様にかなうとでも思ってんのか? あぁ?」
カインは目玉をひん剥き、レオンを威嚇する。その表情には、もはや理性などなかった。
しかし、レオンは一歩も引かない。
「自首しないなら、実力行使しかないぞ?」
「バーーカ! お前らなんかに負けるかよ!!」
カインは叫ぶと、懐から龍の宝玉を取り出し、レオンの足元に投げつけた。
ガシャン!
宝玉が石畳に当たり、砕け散る。その破片が、月明かりを反射してキラキラと輝いた。まるで、星が地に落ちたかのように。
刹那、中から何か巨大なものがブワっと飛び出し、宙に飛び上がった――――。
ギャォォォォォ!
上空で咆哮する龍。その威圧感は、まさに伝説級の魔獣だった。全長十メートルを超える巨体、鋼鉄のような鱗、鋭い爪、そして口から漏れる炎――その熱気だけで周囲の空気が歪み、石畳がひび割れていく。
カインの哄笑が、夜の屋敷に木霊する。
「さぁ、お前らを焼き尽くしてやる! 死人に口なしだ! ハハハハ!」
その表情には、もはや理性のかけらもなかった。狂気と歓喜が入り混じり、瞳孔は異様に開き、口の端からは涎すら垂れている。
禁忌の龍の宝玉から解き放たれた炎龍は、咆哮と共に大気を震わせた。全長十メートルを超えるその巨体は、スタンピードで見た魔獣たちとは比べ物にならない圧倒的な存在感を放つ。鱗の一枚一枚が灼熱の光を宿し、吐き出される熱気だけで周囲の草木が焦げ、石畳が僅かに溶けていく。
普通なら、逃げ出すのが正解だろう。
だが――。
「バカねぇ」
ルナが、呆れたように一言つぶやいた。
その声には、憐憫すら滲んでいた。わずか数日前まで、自らの魔力に怯え、震えていた少女の面影は、もうそこにはなかった。
紅い瞳が、冷たい光を宿す。
杖を、すうっと、まるでダンスでも踊るように優雅に振り上げた。
その動作には一片の迷いもない。完璧に制御された魔力が一気に噴き出し、空気を震わせる。
次の瞬間――。
ゴォォォォォッ!
世界が、紅に染まった。
巨大な炎の竜巻が、天を衝く勢いで湧き上がる。その炎は、まるで意志を持った生き物のように螺旋を描き、カインの龍を包み込んだ。その灼熱の温度は、龍の炎など比べ物にならない。これこそが、竜殺の名を冠する魔力――伝説の竜さえも灰燼に帰す、絶対の炎。
「ギョワァァァァァッ!」
龍の断末魔が、夜空を引き裂く。
炎龍の影が、みるみる薄くなっていった。
形が崩れ、輪郭が溶け、やがて炎が消えた時、そこには何も――なかった。
灰すら残さず、龍は完全に消滅していたのだ。焦げた匂いだけが、その存在を証明している。
「な……なん、だと……!?」
カインの顔から、血の気が引いた。
信じられない、という言葉では足りない。目の前で起きた現象が、彼の理解を完全に超えていた。あれほどの龍を、あの小娘が、あんな簡単に――?
膝が、震える。
「お、おい……嘘だろ……?」
その横で、セリナもまた蒼白になっていた。栗色の髪が汗で額に張り付き、綺麗に施していた化粧も崩れている。
このままでは『太陽の剣』は終わってしまう。自分が掴み取った夢の世界が――!
くっ!
セリナは懐から手榴弾型の魔道具を取り出す――――。
「死ねぇぇぇぇっ!」
セリナの金切り声とともに魔道具は宙を舞った。それは闇市場で大金を叩いて買った、違法な爆裂魔法の結晶だ。投げつければ、建物だって吹き飛ばせる凶悪な爆弾。
「マズい!」
レオンはその想定外のセリナの行動に慌てた。
放物線を描いてアルカナの面々に向かって飛んでいく爆弾――。
が、次の瞬間。
黄金色の光が一行を覆い、同時にシュッ! と、風を切る音が――。
シエルの矢が魔道具を射抜く。完璧な軌道、完璧なタイミング。薄暗い街灯の照らす中、小さな魔道具を正確に捉えた神弓の腕前。スタンピードで覚醒した彼女の才能は、もはや人間の域を超えていた。
ドガァァァンッ!
空中で大爆発を起こし、赤い炎が夜空を染める。爆風が地面を揺らし、屋敷の窓が全部吹き飛んだ。だが、アルカナの面々はミーシャのシールドの下で傷一つついていない。
爆煙の中から姿を現した五人はまるで伝説の英雄のように凛々しく、カインとセリナの目に映った。
「そんな……そんなバカな……!」
セリナの声が裏返る。
膝が笑い、ガクガクと震えた。涙すら、浮かんでいる。
レオンが、一歩前に出た。
「カイン! これ以上罪を重ねるな!」
その声は、氷のように冷たかった。
かつて仲間として、共に戦場を駆けた男。その男への最後の警告――いや、もはや宣告だった。
「くそ、くそぉぉぉぉっ!」
カインが、雄叫びを上げる。
太陽の剣を抜き放ち、理性を失った獣のようにレオンへと襲いかかった。その剣閃には、もはや技術も戦略もない。ただ、目の前の男を殺すことだけを考えた、純粋な殺意――――。




