38. 亡者の怨念
「へ?」
リーダーが不穏な響きに顔を向けた時だった――――。
ジュォン……。
不気味な音が足元から鳴り響き、直後、石畳の通路が黄金色に光輝いた。まるで、天罰が降り注ぐかのように。
「うぉっ!」「な、なんだこれは?!」「しまった!」
刹那、石畳の道は底なし沼へと様変わりし、一気に襲撃者たちを飲み込んだ――――。
「ぐはぁ!」「やばい!」「逃げろーー!」
しかし、足元のぬかるみは容赦なく足をからめとり、右足を上げれば左足が沈み、どんどんと沈んでいく一方だった。まるで、亡者の怨念がその命を奪おうとしているかのように。
「ふふっ、逃げられませんわよぉ」
二階の窓を開け放ち、ミーシャが嬉しそうに笑いながらロッドを高く掲げ、さらに沼を柔らかくしていった。その空色の瞳には、楽しげな光が宿っている。
「全員動くな!」
植木の陰からレオンたちがさっそうと現れる。
エリナは剣を抜き、ルナは杖を構え、シエルは弓に矢をつがえていた。完璧な陣形だった。
「き、貴様ら気づいてたのか?!」
リーダーは顔をゆがめる。その表情には、驚愕と恐怖が入り混じっていた。
「女の子たちを守るのが僕の仕事なんでね……で、ガンツ、話を聞かせてもらおうか?」
レオンは襲撃メンバーの最後尾で、ぶざまに沈みながら必死に顔を隠している大男に声をかけた。
その翠色の瞳には、冷たい光が宿っていた。
「な、なんで俺の名前を……!?」
ガンツは驚愕に目を見開く。
「僕には全部見えてるんだよ。カインが君たちを雇ったこと、そして――君たちがどんな目的でここに来たのかもね」
レオンの声は、静かだった。だが、その奥には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
「ひ、ひぃ……!」
ガンツは恐怖に震える。
「さて、どうしようか。君たちを衛兵に引き渡すのは簡単だけど……それだけじゃ、カインは懲りないだろうね」
レオンは冷たく微笑んだ。
◇
一行はけりをつけるべく、カインの屋敷へと向かった。
縄で縛られたガンツを先頭に、レオンたちは堂々と石畳の道を歩いていく。月明かりすら届かぬ闇夜の中、彼らの足音だけが静寂を破っていた。その足取りには、迷いも躊躇もなかった。ただ、正義への確信だけがあった。
「お、おい、本当にこんなことして大丈夫なのか? カイン様は貴族とのコネがあるんだぞ……」
ガンツは怯えた声で言う。縄に縛られた巨体が、小刻みに震えていた。その額には、冷や汗が浮かんでいる。
「大丈夫。今夜、全てに決着をつける」
レオンの翠色の瞳には、静かな決意が宿っていた。その瞳の奥には、過去の屈辱と、仲間を守るという覚悟が燃えている。もう、後戻りはできない。
カインの屋敷は、豪奢な造りだった。大理石の外壁、金箔で装飾された門扉、手入れの行き届いた庭園――全てが、成功した冒険者の証だった。だが、その輝きの多くは、他人から奪い取ったものだ。レオンの汗と涙も、ここに搾取されていた。
「カイン様! セリナ! 大変です!」
ガンツが玄関から大声を出し、カインとセリナを呼び出す。その声は、夜の静寂を切り裂いた。
しばらくして、足音が屋敷内に響く。バタバタと慌てた足音だ。
「何事だ……?」
出てきたカインは、縄に縛られたガンツとアルカナ一行を見て、驚愕に目を見開いた。その碧眼には、理解できないという困惑と、徐々に湧き上がる恐怖が浮かんでいた。
「レ、レオン……!?」
セリナも後ろから顔を出し、その場面に凍りつく。
「よぉ、カイン。久しぶりだね」
レオンは静かに微笑んだ。だが、その瞳には怒りの炎が燃えていた。抑制された、しかし確実に燃え盛る炎が。
「レ、レオン……貴様、何のつもりだ……!」
カインの声が震える。かつて自分が一方的に蹂躙した男が、今では堂々と自分の前に立っている。クズが自分に逆らっている、その事実がカインの心を揺さぶった。
「襲撃の件、罪を認めて自首しろ。そうすれば、まだ刑は軽くなる」
レオンの言葉に、カインの顔が歪む。
「ハハハハハ! 何を言ってるんだ! 証拠があるのか? こいつらが勝手にやったことだ! 俺は何も知らん!」
カインは高笑いする。その声には、狂気が滲んでいた。
「酷いっす! あっしには襲わせる理由などないっす! そんな大金もないっす!」
ガンツは必死に反論する。その声には、切り捨てられた悲哀が滲んでいた。
「そうだ! そんなの調べれば全部わかるぞ?」
レオンはカインをにらみつけた。
「ふんっ! たまたま火山が噴火しただけで英雄気取りか? 小娘誑し込んでいいご身分だな、この無能が!」
カインの言葉に、レオンの頬がピクっと動く。
「彼女たちを侮辱するな! 若いがみんな自立した一流の冒険者なんだぞ!」
「そうよ!」「なめないで!」「この悪党!」「泣いて謝らせてあげるわ……」
少女たちも憤慨し、武器を構えた。エリナの剣が赤く光り、ルナの杖から火花が散り、シエルの弓に矢がつがえられ、ミーシャのロッドが金色に輝く。




