37. 狂月の鴉
陽の光が、その笑顔を照らす。
つい数日前まで、絶望の淵にいた少女たち。
それが今では、こんなにも幸せそうに笑っている。
レオンは、胸が熱くなった。
(これが、僕が守りたかったものだ)
少女たちの笑顔を見つめながら、レオンは静かに誓う。
この笑顔を、この幸せを、何があっても守り抜く――。
新たな拠点を手に入れた『アルカナ』。
彼らの伝説は、ここから、さらに加速していく。
◇
一方、その頃――――。
「奴ら、拠点を手に入れただと?!」
カインは情報屋からの報告書をバン!とテーブルに叩きつけると、神経質に親指の爪を噛んだ。
安酒場の薄暗い個室。酒と汗の臭いが充満する中、カインの碧眼は憎悪に燃えていた。
報告書には、『アルカナ』が高級住宅街に豪邸を購入したこと、街の人々が彼らを英雄として讃えていること、そして――自分たち『太陽の剣』が笑い者にされていることが、細かく記されていた。
「英雄気取り……目障りよね……」
セリナもキュッと唇をかんだ。その瞳には、嫉妬と憎悪が渦巻いている。
かつて自分が捨てた男が、今では街中の注目を集めている。あの無能だったレオンが、今では伝説の英雄として語られている――その事実が、彼女のプライドをズタズタに引き裂いていた。
「レオンのくせに生意気だ。ぐちゃぐちゃに踏みつぶしてやらんと気が収まらん!」
カインの声は、憎悪に震えていた。
「狂月の鴉に……頼みますか?」
『太陽の剣』のメンバーで盾役の大男、ガンツがカインを見た。その目には、邪悪な光が宿っている。
狂月の鴉――それは、裏社会で恐れられる暗殺者集団だった。金さえ払えば、どんな汚れ仕事でも引き受ける。誘拐、暗殺、略奪――彼らにとって、人の命など虫けら同然だった。
「なるほど……小娘たちをぐちゃぐちゃに犯して再起不能にしてやれば、レオンも目を覚ますだろう。くっくっく」
カインの口元が、歪んだ笑みを浮かべる。
「狂月の鴉なら間違いないわね。ぽっと出の小娘たち、目立ちすぎちゃったわね。ふふふ……」
セリナの妖艶な笑みには冷酷な悪意が浮かんでいた。
「よし! ガンツ。すぐに頼みに行け。ついでにお前も行って楽しんで来い」
「え? いいんですか? あの可愛い娘たちを……。ひっひっひ……」
ガンツはいやらしい笑みを浮かべると、嬉しそうに出ていった。その足取りは軽く、まるで祭りにでも行くかのよう。
個室に残されたカインとセリナは、顔を見合わせてニヤリと笑った。
「レオン……お前は出しゃばりすぎたんだ。俺より目立つとか許されんだろ? これはお前の自業自得だ……」
カインは自分に言い聞かせるように呟く。その瞳には、もはや理性の光はなかった。
嫉妬と憎悪に狂った男の目――。
◇
翌日の夜――――。
月も出ていない闇夜の中、狂月の鴉のメンバーは黒頭巾に身を固め、アルカナの拠点近くの物陰で息をひそめる。
闇に紛れた彼らの姿は、まるで死神のようだった。
「あの美少女たちと楽しめるなんて、夢みたいだぜ。くっくっく……」
「昨日のババァはいまいちだったからな。やはり若い子じゃないと……」
メンバーの男たちは襲撃が待ちきれない様子で軽口をたたいていた。その声には、下劣な欲望が滲んでいる。
「おい、静かにしろ……窓の明かりが消え始めたぞ。工作部隊はスタン魔道具の安全装置を解除しておけ」
リーダー格の男が、鋭い視線で屋敷を睨む。
「お、いよいよか! 俺は銀髪の子な」
「なら俺は聖女だな。あの胸がそそるぜ」
男たちの邪悪な笑い声が、闇に溶けていく。
ほどなく、アルカナの屋敷の照明が全部落ちた。
闇が、屋敷を包む。
「おやおや、あいつらお楽しみタイムか?」
「男一人に美少女四人だろ? 毎日とっかえひっかえしてるに違いない。羨ましい」
「まぁ、今日は俺らが楽しませてもらうんだがな。ひっひっひ……」
下卑た笑い声が、夜気に響く。
「ヨシッ! シーフ行け!」
リーダー格の男は小柄な男をまず放った。
男は音もなくゲートの鉄の門扉についた錠前にとりつくと、あっさりと鍵を開け、サムアップして合図した。その手際は、まさにプロ。
「行くぞ!」
男たちは隊列を組み、足音を立てずに一気にゲートをくぐっていく。
ガンツも必死についていった。ちゃんと仕事を見届けないとカインに叱られるし、何より美少女のおこぼれに目がくらんでいた。その巨体が、闇の中を駆けていく。
屋敷を目指してエントランスの石畳をかけていく襲撃者たち――――。
その時だった。
パチン!
と、脇の植木の陰から指の鳴る音が響いた――――。




