35. お前もか
「みんな! これからレオンを困らせちゃダメだゾ? ふふっ」
エリナは得意げに言う。その表情は、まるで姉のようだった。
少女三人は面倒くさそうにため息をこぼした。
「みんなで楽しく、仲良くね?」
レオンはくぎを刺す。
「分かったわよぉ……。で、付き合う相手はアルカナの誰かってことでいいのね?」
ルナが期待に満ちた目で聞いてくる。その緋色の瞳が、希望の光で輝いていた。
「うん、まぁ、みんなそれぞれ魅力的だから、きっとアルカナのメンバーの誰かになると思うよ?」
レオンの言葉に、少女たちの表情が明るくなった。
「あら、別に全員でもいいんですのよ? ふふっ」
ミーシャが爆弾を投下する。
「へ……?」
レオンが固まった。思考が停止する。
「き、貴族には側室は普通に居るわ……」
シエルが顔を赤くしながら踏み込む。その声は、小さく震えていた。
「そう、私が正妻で、側室ワン、ツー、スリーでもいいのよ? ふふっ」
ミーシャが楽しそうにみんなを指さす。その笑顔は、まるで女王のようだった。
「なんであんたが正妻なのよ!?」
ルナが怒った。その緋色の瞳が、炎のように燃えている。
「まぁ、あくまで一例だわ」
ミーシャは優雅に微笑む。その余裕ある態度が、かえってルナの怒りを煽った。
「ぶーーっ!」
「はいはい、落ち着いて。どうなるかなんて未来のことは分からない。ただ……僕が好きなのは『仲良くできる優しい子』、これだけは言っておくよ」
「あら、私だわ!」
ミーシャがおどけた調子で言った。
「はぁっ!? あんた面白いわ! ははっ」
ルナが天を仰いで笑った。
そのやり取りがおかしくて、みんなつられて笑ってしまう。
重かった空気が、一気に軽くなる。笑い声が部屋に響き渡った。温かい空気が、テーブルを包む。
「じゃあ、『レオン争奪優しい子選手権』ってこと? いいじゃない、楽しくやろ」
シエルは楽しそうに碧眼を輝かせた。
「そうよ? 楽しくね? レオンにキスとか……絶対ダメよ?」
エリナはギラリと瞳を光らせる。その黒曜石のような瞳には、明確な警告が込められていた。
「分かったわ」
「はぁい……」
「しょうがないわねぇ……」
三人の少女は渋々承諾する。
「ふぅ、良かった。エリナもありがとう」
崩壊の危機が何とか回避できたようで、レオンは深くため息をついた。
その時だった――――。
ピロン!
【スキルメッセージ】
【好感度状況】
エリナ:70→110【ラブ】※注意
「……へ?」
レオンは固まった。
(エリナ……お前もかぁぁぁぁ!)
いったいどこで地雷を踏んでしまったのだろうか?
レオンはキュッと口を結んだ。顔が蒼白になっていく。
「ふふふ……レオンの独り占めなんて……私が絶対許さないんだから……」
エリナは嬉しそうにレオンの腕をガシッとつかむ。
そのほほは紅潮し、心なしか息も荒かった。その黒曜石のような瞳には、今までにない熱が宿っている。
レオンは絶望した。
運命は――また、新たな試練をレオンに課したのだ。
世界一を目指すよりも、この少女たちの暴走を止める方が、よほど困難かもしれない――そんな予感が、彼の胸をよぎった。
だが、少女たちの笑顔は、確かに幸せそうではある。
それだけが、レオンにとっての唯一の救いだった。
こうして、英雄たちの夜は更けていく。
笑い声と、甘い空気と、そして――レオンの深いため息と共に。
伝説の始まりは、思いがけない方向へと転がり始めていた。
◇
翌日、一行は不動産屋に連れられて洋館の内見に来ていた。
【運命鑑定】によると、アルカナ襲撃の計画があるらしい。
宿屋では守れない――そう判断したレオンは、メンバーを説得して家を借りることにしたのだ。英雄としての報奨金もある今なら、まともな拠点を確保できる。
「どうですか? これは出ものですよ?」
不動産屋のおじさんは自分のヒゲを撫でながら、自慢げに二階建ての広い屋敷を紹介した。
リフォームしたばかりという瀟洒な作りで、内装も一新され、とても快適そうだ。石造りの堅牢な外壁、重厚な木製のドア、そして手入れの行き届いた庭――どこを見ても、一流の職人の仕事だとわかる。
「うわぁ、素敵……」
「いいね! いいね!」
「うん、悪くない!」
「アルカナにふさわしいわ……」
女の子たちも目をキラキラと輝かせている。
先日まで野宿を繰り返していた彼女たちには、まさに別世界に見えていた。こんな場所に住めるなんて、考えただけだけでバラ色な生活のイメージが頭に膨らんでくる。




