34. 胸に灯る小さな炎
そんなレオンの後姿を眺めながら廊下に一人残されたエリナは、自分の頬に手を当てた。
(私、何をこんなに怒ってるんだろう……)
自分でも理解できない感情が、胸の中で渦巻いていた。
ルナやシエルがレオンにキスしているのを見て――何故か、胸が締め付けられるように痛かったのだ。
(まさか、私も……?)
エリナは首を振って、その考えを追い払おうとする。
(私は絶対ほだされたりなんかしないわ! 男なんてクズばっかりなんだから!)
ぎゅっと両手を握り締めた。
(ダメ! 私がみんなを守らなきゃ!)
だが、胸の奥に灯った小さな炎はそう簡単には消えそうになかった――――。
◇
レオンが個室に戻ると、三人が顔を合わさないようにそっぽを向きながら、黙々と食事をしていた。
空気が――重い。
テーブルの上には湯気の立つシチュー、香ばしく焼かれた肉が並んでいるのに、誰も楽しそうではなかった。ナイフとフォークが皿に当たる音だけが、やけに大きく響く。
「あー、ちょっと聞いてほしいんだけど……」
レオンが口を開くと、三人はジト目でレオンを見上げる。その視線は、まるで尋問官のようだった。
「みんなの好意はとてもうれしい。ほんとだよ?」
レオンは両手を上げて、誠実さを示そうとする。
三人は続く言葉に不穏な予感を感じながら、無表情にレオンをにらみ続けている。その瞳には、明確な警戒心が宿っていた。
「でも、僕はこないだ振られたばっかりなんだよ? すぐに他の娘とどうこうということは考えられないんだ」
レオンの言葉には、本心からの戸惑いが滲んでいた。セリナに裏切られた傷は、まだ生々しく胸に残っている。あの屈辱と絶望の記憶が、まだ消えていないのだ。
三人はプイッとそっぽを向く。その仕草が、可愛らしくもあり、ままならなさも感じさせた。
「ボクが今、目指しているのは、みんながそれぞれ自分の才能を存分に花開かせて、アルカナが世界中に認められることなんだ」
レオンの声は、真剣だった。その翠色の瞳には、揺るぎない決意が宿っている。
エリナも個室のドアのところで、静かに聞いている。その黒曜石のような瞳が、鋭くレオンを見つめていた。
「それまでは僕は誰とも付き合わない」
レオンの宣言に、少女たちの表情が揺れる。
「じゃぁ、世界に認められたら付き合うの?」
ルナが鋭く突っ込んでくる。その緋色の瞳にはかすかな希望の光が見えた。
「うん、アルカナの育成が一段落ついたら、その時は恋人……欲しいかな」
レオンの言葉に、少女たちの表情が一斉に明るくなる。
「誰にするのよ?」
ミーシャがムッとした顔で聞いてくる。その空色の瞳には、明確な競争心が燃えていた。
「それはまだ決めてないよ」
「『決めてない』ってことは……三人のうち誰かって……こと?」
シエルが恐る恐る聞く。その碧眼が期待に揺れる。
「ちょっと待って! なんで三人なのよ!?」
エリナが慌てて口をはさむ。その顔は、真っ赤になっていた。
「あら? エリナも参戦するのかしら?」
ミーシャが意味ありげな笑みを浮かべる。
「さ、参戦なんかしないわよ! で、でも……未来のことなんて分からないじゃない!」
エリナは上目遣いでレオンの方をチラッと見る。
その仕草が、妙に色っぽかった。普段の凛とした剣士の面影はどこへやら、今のエリナは恋する乙女そのものだった。
「何を調子いいこと言ってんのかしら?」
「ぶーーっ!」
ルナとシエルが同時に不満の声を上げる。その表情には、明らかな嫉妬が浮かんでいた。
「まぁまぁ。でも、エリナがそうやって距離を保ってくれているというのは、僕にはありがたいんだけどね」
レオンの言葉に、エリナがハッとする。
「へ? な、何がよ?」
エリナが少しのけぞった。その黒髪が、ゆらりと揺れた。
「だって、全員が僕に惚れちゃってたら、もはやハーレムじゃないか。そんなの不健全だよ。誰かがビシッと言ってくれないと困っちゃうもん」
レオンの言葉に、エリナの目が輝く。
「そ、そうよ! 最年長の私が爛れた関係に発展しないように目を光らせるんだわ! うん!」
エリナは力強く宣言する。その表情には、使命感すら浮かんでいた。
少女三人はお互い顔を見合わせながら、無言で肩をすくめた。その表情には、明らかな呆れが浮かんでいる。
「ありがとう。さすがエリナ。オーガジェネラル相手に臆せず立ち向かった、まさに剣聖の卵だよね。期待してるよ? ふふっ」
レオンの褒め言葉に、エリナの頬がぱっと赤く染まる。
「えっ? いや、ちょっと、やだなぁ、もぅ……うふふ」
エリナは恥ずかしそうにパンパン!とレオンの背中を叩いた。その頬は、紅潮している。喜びと照れが入り混じって、彼女の心は高鳴っていた。
「痛い、痛いって……もぅ……」
レオンは苦笑しながら、エリナの手を制する。




