3. 狩猟の女神アルテミス
その時、レオンの瞳が再び黄金の光を宿した。
世界が本のページをめくるように開かれ、未来の文字が燃えるような輝きで視界に流れ込んでくる。
【運命分岐点:信頼獲得】
【一分後、賞金首の馬車が通過】
【推奨行動:街路樹の腐敗枝を落下させる】
【報酬:金貨二百枚】
レオンの口元に、確信に満ちた笑みが浮かんだ。
「よし! では僕の力を証明してみせるよ」
「……どうやって?」
エリナが剣を構えたまま問いかける。その漆黒の瞳には疑念が渦巻いているが、奥底にかすかな期待の光が揺れていた。傷ついてもなお美しいその横顔に、朝の薄明かりが優しく降り注ぐ。
「シエル!」
レオンが呼ぶと銀髪の弓手が、男装の下から覗く繊細な首筋を傾げた。
「な、なによ!?」
慌てた声色には、隠しきれない上品さが滲み出ている。
「あの街路樹が見えるか?」
レオンは路地の出口から見える、大通りの巨大な楡の木を指差した。樹齢百年は超える威風堂々とした街路樹。だが、太い枝の一本が病魔に侵されたように黒く変色している。
「見えるけど……それが何?」
「その黒い枝の根元を、弓で射ってほしい。今すぐに」
「は? なんでそんな――」
四人の美しい顔が困惑に染まる。エリナは眉をひそめ、ミーシャは首を傾げ、ルナは不安そうに手を組む。まるで狂人の妄言を聞いているかのような表情だった。
「頼む。説明は後だ。信じてくれ」
レオンの必死な眼差しに、シエルは一瞬逡巡する。だが、その翠色に宿る何かが、彼女を動かした。
腰から取り出したのは、年季の入った猟弓。質素だが、丁寧な手入れが施されている。令嬢だった頃から大切にしてきた、唯一の友。
「……分かった。射ればいいんでしょ?」
シエルの美しい碧眼が、獲物を狙う鷹のように鋭く光る。
「でも、何も起こらなかったら、次はあんたを射抜くからな!」
その脅しすら、なぜか優雅に聞こえる。
「いいだろう。構わない」
レオンは揺るぎない声で答えた。
「ふんっ!」
シエルが弓を構える。
その瞬間、世界が静止して見えた――――。
男装の仮面が剥がれ落ち、真の美しい弓手が姿を現す。背筋がピンと伸び、呼吸が深く整い、全神経が一点に集中していく。月光のような銀髪が、かすかな風に揺れる。
――美しい。
弓を引き絞る姿は、まるで狩猟の女神アルテミスのよう。汚れた男装も、埃まみれの顔も、今この瞬間だけは聖なる輝きに包まれている。
ヒュッ!と朝の空気を切り裂き矢が放たれた。一直線に楡の木へと飛んでいく。
正確無比。寸分の狂いもなく、腐敗した枝の根元に矢は突き刺さった。
メキメキ、メキメキ……。
不吉な音を立てて、巨大な枝がゆっくりと傾き始める。そして――。
ドガァァァン!
轟音と共に、ちょうど通りかかった豪華な馬車に直撃した。馬が恐怖の嘶きを上げ、御者が悲鳴を発し、馬車は無様に横転する。車輪が空を向いて、滑稽に回転していた。
「きゃあ!」
ルナが可愛らしい悲鳴を上げる。
「な、なにさせるのよ!」
エリナが怒鳴る。
「どうすんのよこれ!」
シエルが慌てふためく。
「あらあら、大変なことになりましたわね。ふふっ」
ミーシャはその聖女の仮面の下で、瞳が興味深そうに輝いている。
だがレオンは――満面の笑みを浮かべた。
「あれに乗っているのは、賞金首の男だ。捕縛して金にしよう」
「は?」「賞金……首?」「何言ってんの?」「おやおや……」
四人の美少女たちが呆然と立ち尽くす中、レオンは迷いなく路地から飛び出した。
横転した馬車から、一人の男が這い出してくる。
顔の左頬に古い刀傷。小太りの体躯に不釣り合いな高級商人服。だが、その目つきは獣のように鋭く、腰には巧妙に隠された短剣の膨らみが見える。
レオンの脳裏に、【運命鑑定】の情報が流れ込む。
【賞金首:ゴードン・ブラック】
罪状:詐欺、横領、殺人九件
懸賞金:金貨二百枚
特徴:左頬の刀傷、変装の達人
「動くな! 賞金首!」
レオンの叫びに、男の体がビクリと硬直した。
男は慌てて腰の短剣に手を伸ばそうとしたが、レオンが素早く飛びかかり、その腕を後ろ手に捻り上げる。
「ぐっ!」
次の瞬間――。
風のように、エリナが現れた。
埃まみれだった黒髪が朝日に煌めき、まるで黒い炎のようになびく。剣先を男の喉元に突きつける動作は、舞のように流麗だった。
「賞金首か、お前?! おとなしくしろ!」
低く響く声音が、男の背筋を凍らせる。
「ち、違う! 俺は商人のフレデリックだ!」
「左頬の傷、隠し持った武器、そして――」
レオンは横転した馬車から散乱した荷物を指差した。色とりどりのかつら、付け髭、変装道具の山。
「変装道具だらけの商人がどこにいる! 観念しろゴードン・ブラック!」
男の顔が絶望に歪む。
「く、くそっ!」
必死にもがく男。だが――。
「逃がさないわよ」
いつの間にか、四人の美少女たちが完璧な包囲陣を形成していた。




